ブレーキフルード

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ブレーキフルードとは、自動車などの液圧 (油圧) 式ブレーキにおいて、油圧系統内に充填される液体である。ブレーキオイルとも呼ばれる。

概要

操縦者がブレーキペダルやレバーを操作することによってマスターシリンダーに与えられた力が、ブレーキフルードによってブレーキキャリパードラムブレーキへ伝達される。 マスターシリンダーの面積よりキャリパーやホイールシリンダーのピストン面積のほうがはるかに大きいため、パスカルの原理により、大きな制動力を得ることができる[1]

主としてグリコール系の液体が使われる。一般的言われるオイル(潤滑油)ではなくフルード(作動油)のため「ブレーキフルード(ブレーキ液)」と呼称するのが適切である。しかし、ブレーキシステム自体を油圧式ブレーキと呼ぶことが多く、また歴史的には鉱物油(オイル)を使った物も存在したため、ブレーキオイルと呼ばれることも多い。

ブレーキフルードには、

  • 粘性が低い。
  • 圧力による体積の変化が小さい。
  • -50℃でも凍らず、200℃でも沸騰しない。

という性質が要求される。

ポリエチレングリコールモノエーテルがこれらの性質を満たすため、主成分として良く用いられている。他、一部の車種では、シリコーン系や鉱物油系のフルードも使用されている。いずれも、経年劣化による性能の低下があるため、劣化に応じて交換する必要がある。

種類

ブレーキフルードは、グリコール系、シリコーン系、鉱物油系がある。特性に優れることから、主流はグリコール系である。

グリコール系

ポリエチレングリコールモノエーテルが主成分である。これに酸化防止剤・防錆剤等が添加されている。

グリコール系は吸湿性が高く、湿気を吸うと沸点が下がってしまうが、吸湿しても沸点を比較的高く維持できるようにホウ酸でエステル化してある。水分があってもこのエステル結合が加水分解されることにより、遊離の水を減らすことができる。レース用等、グレードが高いフルードほど沸点は高く、低粘度で応答性が良い反面、吸湿しやすい傾向がある。また、グリコール系は塗装を浸食しやすい。塗装面に付着した場合は、水でできるだけ早く洗浄する必要がある。

経年劣化により沸点が低下するため、一般的に2 - 3年毎の交換が推奨されている。

シリコーン系

ジメチルポリシロキサンを主成分とするフルードである。

一部のレース用として使用される。吸湿せず、塗装を侵すことも無いが、ブレーキシステムのシール等のゴム類に対して攻撃性が高い。吸湿性がないため、混入した水は溶けずに水滴のまま存在する。このため水分が混入した場合、フルードそのものの性能とは関係なく、混入した水滴が沸騰や凍結を起こしてしまう可能性がある。

ハーレーダビッドソンではシリコーン系が用いられてきた。ただ、2005年以降は一部の車種を除いてグリコール系に移行している。

なお、主流のグリコール系と混ざると分離するため、混用することは出来ない。基本的にシリコーン系と指定されたブレーキシステム以外は使用してはならない。

鉱物油系

石油から生成された鉱物油(オイル)を主成分としたフルードである。ミネラル系、鉱油系とも呼ばれる。

シトロエンハイドロニューマチックシステムが搭載された車種では、サスペンションやステアリングとブレーキのオイルを共用していたため、鉱物油が使われる。ブレーキ単独のシステムと異なり、サスペンションなどを潤滑する必要があることからグリコール系を使用することは出来ない。また、グリコール系と混ざると分離する。

規格

一般的には、アメリカ連邦自動車安全基準(FMVSS)のNo.116で定められるDOT規格が使われる。

JIS規格では、JIS K 2233:2006で定められている。なお、JISとDOTはほぼ対応しているが、DOT4、DOT5では、多少異なる部分がある。

  • DOT3 / JIS3種、BF-3: ドライ沸点205℃以上、ウエット沸点140℃以上
  • DOT4 / JIS4種、BF-4: ドライ沸点230℃以上、ウエット沸点155℃以上
  • DOT5 / JIS5種、BF-5: ドライ沸点260℃以上、ウエット沸点180℃以上(グリコール系は、DOT5.1と表記)
  • JIS6種、BF-6: ドライ沸点250℃以上、ウエット沸点165℃以上

DOT5については、当初、グリコール系よりも優れた性能をもつシリコーン系に与えられたものである。その後、性能が向上し、グリコール系でもDOT5をクリアするものが開発された。成分に互換性が無く、混用した場合、分離や錆の発生、シールの劣化などブレーキシステムに重大な問題が発生するため、区別するためにグリコール系をDOT5.1と表記している。

BF-6については、DOT5の上位では無く、ABSなどの電子制御装置のため、特に低温環境下で低粘度であることを要求するものに対して制定されている。DOTでBF-6に相当するものは制定されていない。

油圧系へのエア混入

油圧系統内に空気が混入すると、入力された力は気体を圧縮することに使われてしまい、必要な制動力を生むことができなくなる。強く踏めば多少なりとも圧力が上昇するが、ブレーキの踏み代が不足する場合が多い。

例えブレーキが正常にかかる状態であっても、ブレーキを掛けた際にペダルが極端にフワフワしたり、何度かに分けてブレーキを掛ける(ポンピングブレーキ)と遊びがどんどん小さくなるような場合には、配管へのエア噛みを疑わなければならない。

エアが噛んでいることが疑われる場合には、ブレーキフルードの交換工程と同様の作業手順で、ニップルから出るブレーキフルードへの気泡の混入がなくなるまで循環させ続ける必要がある。ABSを装備している場合、ABSモジュレータユニットからのエア抜きには特殊な設備や作業手順が必要になる場合もある為、可能な限り人為的な(とりわけ後述のフルード交換作業での手順ミスによる)エア噛みは避けるよう心がけねばならない。

ヴェイパーロック現象

ブレーキで発生する熱により、フルードが沸騰して気泡が発生することがある。この気体の圧力は、温度の変化にともない圧力の変化を生じる蒸気圧であり、体積に起因していないため、この気体に圧力をかけて体積を小さくしてもブレーキに圧力が伝わり難くなる。すなわちブレーキペダルを踏んでも弱い制動力しか働かず、極めて危険な状態となる。この状態を「ヴェイパーロック現象」という。

ブレーキフルードの交換

ブレーキフルードは始めは無色透明であるが、経年劣化や吸湿により次第に黄色から茶色、黒色へと変色が進んでいく。劣化して変色したとしてもエアの混入がなければ油圧作動油としては一応成立するが、過度の吸湿によってブレーキシステム内に錆を生じさせたり、ゴム製のブレーキホースの劣化を進行させる場合があり、また沸点の低下によってヴェイパーロック現象を起こしやすくもなる為、一般的には車検ごと、長い場合でもリザーバータンク内のブレーキフルードが変色してきた場合には定期的に交換する事が望ましいとされる。

ブレーキフルードの交換は一般的に下記の原則の下で交換が行われる。

  • ブレーキフルードを交換する際には、リザーバータンクに新油を入れながら、各車輪のブレーキ機構のニップルから旧油の排出を行う。
  • 各車輪のブレーキ配管はそれぞれ独立している[2]ため、原則として全ての車輪について、タイヤの取り外しを伴う作業が必要である。
  • 作業人員が二人の場合と一人の場合とで作業内容が多少異なる。
  1. 始めに、リザーバータンクから一番遠い車輪をジャッキアップしタイヤを取り外す。
  2. 次いで、ブレーキ機構のニップルに透明な耐油チューブを接続する。
  3. ニップルを工具で緩める。予め作業助手がブレーキペダルを踏んだ状態で緩めることが望ましい。
  4. この状態から作業助手がブレーキペダルを繰り返し踏み、リザーバータンク内のフルードを使って配管内の旧油を押し出していく。この時リザーバータンクには適宜新油を継ぎ足す。タンクのフルードを切らすと配管にエアが噛むので絶対にフルード切れを起こしてはいけない。
  5. 耐油チューブ内のフルードの色が透明になってきたら、新油への入れ替わりが完了したと判断し、作業助手にブレーキペダルを一杯に踏んでもらった状態でニップルを締め、耐油チューブを取り外す。
  6. ニップルを締めたのちに再度ブレーキペダルを踏む。ブレーキタッチが変にフワフワするなどの異常がなければ、エア噛みもないと判断してその車輪での作業を終了する。
  7. この工程を全ての車輪にて行う。オートバイの場合でも基本的な手順はほぼ同じである。
  • ニップルを緩めた状態でブレーキペダルを戻すと、耐油チューブ内に押し出されていた旧油が僅かではあるがブレーキシステム内に引き戻される。この時に耐油チューブ内に気泡が混入しているとブレーキシステム内にエアが噛む恐れがある為、ニップルの締め込み及び緩めの際にはブレーキペダルを踏んだ状態にする事が推奨されている。
    • 作業人員が一人の場合には、ブレーキペダルにつっかえ棒を掛けることで作業助手の代用とできる。また、耐油チューブの中間にワンウェイバルブ[3]を設置する事で、ブレーキペダルを戻した際のフルードの逆流をある程度まで防ぐ事が出来るので、「ブレーキを踏みながら」という作業手順をある程度簡略化できる。しかし、ワンウェイバルブとニップル間のチューブの継ぎ目などから、ブレーキペダルを戻した時の負圧で微細な気泡が侵入する場合がある為、チューブの中間をブレーキニップルよりも高い位置に保持するなどして、チューブ内に侵入した気泡をニップルまで逆流させない工夫や、或いはチューブの継ぎ目やニップルのねじ山にグリスを塗って気泡の侵入を予防する対策が必要となる。
    • モータースポーツなどより特殊な用途で用いられる車両の場合、完全に配管内のエアを抜く目的で、特殊な圧送器具を用いて、ブレーキペダルを踏まずに強制的にブレーキフルードを循環交換させる場合もある。

テレビドラマ

1970年代テレビドラマにおいて、しばしばブレーキラインに細工された車輌が、走行中にブレーキフルードの漏れによって制動不能に陥り事故を起こす手法が使われた。ただ、AT車全盛の現代においては、セレクターを『D 』ポジションに入れた時点でクリープ現象を抑えるためのブレーキ操作を必要とする為、その手法を用いる事自体不可能である。

出典・脚注

  1. 車種によってはインテークマニホールド負圧を用いたブレーキ倍力装置(ブレーキブースター)を備える場合もある。
  2. 車軸懸架で且つドラムブレーキの場合には、左右で配管を共用している場合があり、左右いずれかの車輪のみで作業を行えばよい場合もある
  3. ワンマンブリーダーと呼ばれる工具も販売されている

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