ブドウ球菌

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テンプレート:生物分類表 ブドウ球菌(ブドウきゅうきん)とは、ブドウ球菌属(Staphylococcus属)に属するグラム陽性球菌である真正細菌の総称。

一つ一つの球菌が不規則に配列した集合体(クラスター)を作りながら増殖し、光学顕微鏡下で観察すると「ブドウの房」のように見えるため、もう一つのグラム陽性球菌のグループである連鎖球菌(直鎖状に配列する)との対比から「ブドウ球菌」と名付けられた。属名のStaphyloccocusも、ラテン語で「ブドウの房」を意味するstaphylo-と、球菌を意味するcoccus(元は「(穀物の)粒」や「木の実」の意)に由来する。

元来「ブドウ球菌」とは、細菌が発見されて間もない、分類法が整理されていない頃に細菌の形態および配列から名付けられた名称である。このためStaphylococcus属以外でも、クラスターを形成することがあるMicrococcus属などを含めて広義に「ブドウ球菌」(staphylococcus)と呼ばれていた。本項目では、ブドウ球菌属に属する細菌全般(Staphylococcus sp.)を解説する。広義のブドウ球菌については球菌の項を参照のこと。

特徴

ブドウ球菌は、直径 1µm程度のグラム陽性球菌で、ブドウの房状の不規則な配列をする、通性嫌気性の有機栄養菌である。生化学的には、カタラーゼ陽性(カタラーゼ酵素を有すること)と、ブドウ糖を嫌気的に発酵する性質から、他の代表的なグラム陽性球菌と鑑別される。多くの菌種は耐塩性であり10%食塩濃度下でも増殖可能である。35〜40℃でよく生育し、寒天培地培養すると、菌種によっては黄色〜ピンクのさまざまな色調の不溶性の色素を産生するものがあり、コロニーは白色、レモン色、橙色、ピンクなどさまざまな色を示す。

分類

2005年現在、ブドウ球菌属の細菌は35菌種に分類されている。これ以前の最も初期の分類では、コロニーの色調によって「白色ブドウ球菌」「黄色ブドウ球菌」「橙色ブドウ球菌」に分けられていたが、その後「表皮ブドウ球菌」「黄色ブドウ球菌」「腐性ブドウ球菌」の3菌種に改名された。また、血漿を凝固させる働きを持つタンパク質であるコアグラーゼを産生するかどうかが、ヒトに対する病原性と密接に関連しているため、コアグラーゼ陽性(コアグラーゼを産生する)、コアグラーゼ陰性(産生しない)の二群に大別することも医学分野では慣用的に行われてきた。しかし、これらの初期の分類はいずれも大まかなものであり、遺伝学的分類法の導入によって生物学的には35菌種に分類されていて、約15種がヒトから分離されることがある。

コアグラーゼ産生

ブドウ球菌の分類において、その菌種がコアグラーゼを産生するかどうかという性状は大きい意味を持つものとしてとらえられてきた。これは医学上の立場から重要視されたものである。ヒトから分離される15種のブドウ球菌のうちでは、最も病原性が高い黄色ブドウ球菌だけがコアグラーゼ陽性であるため、この菌であるかどうかの判定に利用可能だからである。この他、ヒトを宿主としない、動物由来のブドウ球菌のうち、S. intermediusがコアグラーゼ陽性、S. delphiniS. hyicusには菌株によってコアグラーゼ陽性または陰性のものがある。これらを除いた31種はすべてコアグラーゼ陰性で、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(Coagulase -negative staphylococci, CNS)と総称される。ただし臨床の現場ではCNSはヒトから分離されることのある、黄色ブドウ球菌以外の種(約14種)を指し、なかでも検出される頻度が高い表皮ブドウ球菌を意味するものとして使われることがある。

種類

ブドウ球菌はヒトから分離されることが多い常在細菌であり、特に健常人の鼻腔内には100%存在する。大部分は非病原性で、体表面(皮膚)、鼻咽腔、消化管()、などの常在細菌として、常在細菌叢(あるいは正常フローラ)(腸内細菌)を形成し、むしろ外部からの病原体の侵入を防ぐバリヤーの役割の一端を担っている。ただし、黄色ブドウ球菌、表皮ブドウ球菌、腐性ブドウ球菌の3種は、ヒトに対する病原性を持つ。

黄色ブドウ球菌 (Staphylococcus aureus)
主として鼻腔や表皮に常在する。ブドウ球菌の中では最も病原性が高く、健常者に対しても化膿性疾患を中心とする各種疾患を引き起こすことがある。また足の裏の悪臭の原因物質を作る菌のひとつであることでも知られている。詳細は黄色ブドウ球菌の項で説明する。
表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)
主として鼻腔や表皮に常在する。通常は非病原性であり、他の病原菌から表皮を守るバリアーや、表皮を健康に保つ役目を果たしている菌であるが、体内に侵入すると病原性を発することがある。プラスチック表面などに対する付着性が強くまた表皮の常在菌であるため、手術の際にカテーテル心臓弁などの医療用器具に付着して体内に侵入することがある。特に体内に留置するタイプの医療器具に付着して、そこで増殖することによって深在性の化膿症の原因になることがある。
腐性ブドウ球菌(S. saprophyticus)
主として泌尿器周辺の皮膚に常在している。そこから尿路に侵入すると尿路感染症の原因になる場合がある。

一般に、ヒトはブドウ球菌による病気の発症に対しては抵抗性が強く、ある種の自然免疫が備わっていると考えられている。またブドウ球菌によって感染巣が化膿しても、白血球の働きによって病巣部は限局的になり容易に蔓延することはない。しかし他の原因によって白血球の機能が低下した患者などでは、この機構が働かずに重症化することもある。

関連項目

外部リンク