ファンデルワールスの状態方程式

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ファンデルワールスの状態方程式テンプレート:Lang-en)とは実在気体の、圧力と体積の関係を近似するためにファン・デル・ワールスが提案した式。

概要

理想気体の状態方程式によれば、気体の体積はそれが受ける圧力とそれ自体の温度(とその気体分子のモル数)にのみ依存することになる。よって、理想気体の法則は次のような性質を持つ気体に対してのみ適用できる。

  1. 気体分子は体積を有しない
  2. 分子間には相互作用はない

1.の問題を体積排除効果、2.の問題を分子間の引力効果と呼ぶことにする。明らかに、体積排除効果も分子間の引力効果も満たす気体は存在しない。だが、理想気体の状態方程式は高温あるいは10atm以下の低圧ではかなり有効である。気体分子間の間隔が大きいほど、相互作用も気体分子そのものの体積も小さくなるからだ。実在気体では圧力の増加とともに理想気体の法則からはずれ、圧力と体積の積は一定ではなくなる。その傾向は気体の種類によっても異なり、同一気体については低温・高圧であるほどそのずれが大きくなる。実在気体の理想気体からのずれを圧縮率因子z で表すことがある。理想気体の状態方程式のずれを、圧縮因子をプロットすることで測定できる。

<math>z = {PV \over nRT}</math>

ファン・デル・ワールスは以上の点を考慮して、1873年に下記のような実在気体の状態方程式を提出した。

<math>\left( P+\frac{a}{V^2}\right) \left( V-b\right) = RT</math>

これを1モルの気体に対するファン・デル・ワールスの状態式という。 ここに、ab はファンデルワールス定数といい、気体の種類によって定まる定数である(a は上記の2に、b は上記の1に由来する定数である)。

ファン・デル・ワールスの状態方程式はジュール=トムソン効果や気液相転移について正しい振る舞いを再現できる上、解析的扱いが易しいため頻繁に用いられるが、(理論的背景はあっても)あくまで1つのモデル(近似式)であり厳密に気体の振る舞いを再現できている訳ではない。また、ビリアル展開のように系統的に近似の精度を上げていく事はできない欠点もある。

熱力学的性質

気体がファン・デル・ワールスの状態方程式に従う場合、理想気体と異なり内部エネルギーは体積にも依存する。定式化すると内部エネルギーU とその体積依存性は以下のように表される:

<math>U = C_\mathrm{V} T - \frac{a}{V} + U_0,</math>
<math>\left( \frac{\partial U}{\partial V} \right)_{T} = \frac{a}{V^2}</math>

ここで、CV定積モル比熱U0 は定数である。

また、後述する臨界定数によって各変数を規格化する:

<math>T_\mathrm{r} = T/T_\mathrm{c}, \qquad

P_\mathrm{r} = P/P_\mathrm{c}, \qquad V_\mathrm{r} = V/V_\mathrm{c}</math> すると状態方程式は

<math>\left( P_\mathrm{r}+\frac{3}{V_\mathrm{r}^2}\right) \left( V_\mathrm{r}-\frac{1}{3}\right) = \frac{8}{3}T_\mathrm{r}</math>

となる[1]。この式は、どんな気体についても無次元化された温度、圧力、体積により状態方程式が同一の形で表されることを示し、状態方程式を一般化したものとみなすことができる。この式は還元方程式reduced form of equation of state)と呼ばれる。

プロット

分子間の引力効果について、気体の1分子が持つ相互作用の有効範囲である体積を V0V0 の物質量を N0 とすると, N0 個の分子から、2つの分子間の相互作用の組み合わせは、

<math>\begin{align}{}_{N_0}{\rm C}_{2} &= \frac{N_0 !}{(N_0-2)!2!} = {N_0(N_0 - 1) \over 2}\\

&= {N_0^2 \over 2} = \frac{1}{2}n^2\frac{V_0^2}{V^2}\\ &= {V_0^2 \over 2} \times \left({n \over V}\right)^2 \end{align}</math>

である。個々の分子が容器に及ぼす圧力は、壁と分子の衝突の頻度および分子によって壁に伝えられる運動量に依存する。どちらも分子間力によって減少する。この式から、圧力の減少分は、V0 と密度 n/V に依存することが分かる。ここで

<math>a = {V_0^2 \over 2}</math>

と定義すると、a は分子の種類によって定まる比例定数である。ab と共にファンデルワールス定数と呼ばれる。

臨界定数との関係

ファイル:Waals2.svg
ファンデルワールスの式による等温線

ファンデルワールス定数 a および b は物質の臨界点、すなわち臨界温度 Tc 、臨界圧力 Pc および臨界体積 Vc と以下の関係にある[2]。これはファンデルワールスの状態方程式を V偏微分し、等温線の極大値および極小値が互いに接近して消失する点を求めることにより得られる。

<math>T_c = \frac{8 a}{27 bR}</math>
<math>P_c = \frac{a}{27 b^2}</math>
<math>V_c = 3 b</math>

ただし、ファンデルワールスの状態方程式は近似式であるから、実測によるファンデルワールス定数は臨界定数から計算した値とは厳密には一致しない[3]

主な気体のファンデルワールス定数と臨界定数は以下の通りである[2]

ファンデルワールス定数および臨界定数
a / Pa m6 mol−2 b / m3 mol−1 Tc / K Pc / Pa Vc / m3 mol−1
空気 135 × 10−3 36.6 × 10−6 132.5 3.766 × 106 88.1 × 10−6
ヘリウム He 3.45 × 10−3 23.8 × 10−6 5.201 0.227 × 106 57.5 × 10−6
水素 H2 24.8 × 10−3 26.7 × 10−6 33.2 1.316 × 106 63.8 × 10−6
窒素 N2 141 × 10−3 39.2 × 10−6 126.20 3.400 × 106 89.2 × 10−6
酸素 O2 138 × 10−3 31.9 × 10−6 154.58 5.043 × 106 73.4 × 10−6
二酸化炭素 CO2 365 × 10−3 42.8 × 10−6 304.21 7.383 × 106 94.4 × 10−6
水蒸気 H2O 553 × 10−3 33.0 × 10−6 647.30 22.12 × 106 57.1 × 10−6

ビリアル方程式

ファンデルワールスの状態方程式をビリアル展開するとビリアル方程式(ビリアルほうていしき、virial equation)が得られる。ビリアル方程式はビリアルの式ビリヤルの式ビリアル状態式あるいはオネスの状態方程式オンネスの状態方程式とも呼ばれる。

<math>PV_m = RT \left\{ 1 + \left( b - \frac{a}{RT} \right) \frac{1}{V_m} + \frac{b^2}{V_m^2} + \frac{b^3}{V_m^3} + ... \right\}</math>

圧縮率因子 z で表すと以下のような一般式になる。ここで <math>B_V</math>、<math>C_V</math>、<math>D_V</math> …はビリアル係数と呼ばれる[3]Vmモル体積である。

<math>z = \frac{PV_m}{RT} = 1 + \frac{B_V}{V_m} + \frac{C_V}{V_m^2} + \frac{D_V}{V_m^3} + ...</math>

ファンデルワールスの状態方程式の第2ビリアル係数 <math>B_V</math> は <math>b - a / RT</math> 、第3ビリアル係数 <math>C_V</math> は <math>b^2</math>、第4ビリアル係数 <math>D_V</math> は <math>b^3</math>となる。 第2ビリアル係数を実験的に求めれば、温度に依存する部分と定数部分とから<math>a</math>と<math>b</math>の定数を決定する事ができる。

参考文献

テンプレート:Reflist

関連項目

  1. テンプレート:Cite book
  2. 2.0 2.1 磯直道、上松敬禧、真下清、和井内徹 『基礎物理化学』 東京教学社、1997年
  3. 3.0 3.1 Gordon M. Barrow著、大門寛、堂免一成訳  『バーロー物理化学』 東京化学同人、1999年