バアル

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バアルテンプレート:仮リンク: ba‘aluウガリット語: b‘l)は、カナン地域を中心に各所で崇められた嵐と慈雨の神。その名はセム語で「主」を意味する[1]バールや、バビロニア式発音のベール[1]、およびベルとも表記される。

歴史

もともとはハッドゥまたはハダドという名で、アッカドの雷神アダドの前身でもある。この名は恐らく雷鳴の擬音と考えられる。しかしハッドゥが主神、すなわちバアルと呼ばれ崇められているうちに、その呼称が固有名詞化し、後にはもっぱらバアルと呼ばれるようになった。

本来、カナン人の高位の神だったが、その信仰は周辺に広まり、旧約聖書列王記下などにもその名がある。また、ヒクソスによるエジプト第15王朝エジプト第16王朝ではエジプト神話にも取り入れられ同じ嵐の神のセトと同一視された。フェニキアやその植民地カルタゴの最高神バアル・ハンモンモレクと結びつける説もある。さらにギリシアでもバアル(テンプレート:Lang-grc)の名で崇められた。足を前後に開き右手を挙げている独特のポーズで表されることが多い。

ウガリット神話におけるバアル

ウガリット神話では最高神イルと全ての神々の母アーシラトまたはアスタルトの息子と呼ばれる。またダゴンの子バアル(b‘l bn dgn)とも呼ばれる。勝利の女神アナトの兄にして夫。またアスタルトを妻とする解釈もある。

彫像などでは、右手で矛を振りかざし、左手に稲妻を握る戦士の姿で表される。豊穣神として崇められ、竜神テンプレート:仮リンクや死の神モートの敵対者とされる。ヤムとの戦いは彼が荒々しい自然界の水を征する利水・治水の神であることを象徴し、モートとの戦いは彼が慈雨によって実りをもたらし、命を養う糧を与える神であることを象徴する。

武器である稲妻・ヤグルシと矛・マイムールは命じると相手の元へ飛んでいき、その相手を叩きのめす。

バアルはイルを追放すると、イルに唆されたヤム・ナハルの使者が他の神々を操っているのを見た。

その使者から「ヤム・ナハルは神々の支配者であり、バアルはヤム・ナハルの奴隷である」との宣告を受けて憤るが、アスタルトとアナトに止められる。その後バアルは追放されるが、イルに逆らった工芸神コシャル・ハシスの作った武器・ヤグルシとマイムールを受け取るとヤム・ナハルの元へ行き、激闘の末ヤム・ナハルの頭を粉砕してこれを打ち倒す。

ヤム・ナハルを倒し、晴れて神々の王となったバアルだったが、自分の神殿がないことを嘆き、アナトの協力を得て神殿建設の許可を得ると、コシャル・ハシスにこれを建設させた。建設の途中、先の戦いで捕らえたヤム・ナハルとその娘達を逃がさないように神殿に窓を付けないようにコシャル・ハシスに命じたが、彼はバアルに「あなたが雲に乗って出かけるには窓が必要」と助言し、結局その通りに神殿には窓が付けられた。後に、ヤム・ナハルはアスタルトの進言によりバラバラにされて撒かれた。

その後、バアルの元にモートからの使者が送り込まれ、モートの「自分は神々の支配者である」との主張を受けて激怒したバアルははモートとの戦いを決意する。まずバアルはモートの送り込んだ7頭蛇ロタンを打ち倒した。その後バアルの神殿で行われる祝宴に招かれたモートは肉料理が出されなかったことを責め、バアルに冥界に来るよう使者に告げさせた。

バアルはモートを恐れ、太陽神シャパシュウガリット語: Shapash)に助言を求めると、彼女は身代わりを用意するよう助言し、バアルは牝牛との間に身代わりの息子をもうけた。身代わりや娘たちと冥界に行ったバアルは一度は死ぬが、アナトの尽力によって復活した。そして再びモートと対決するが、シャパシュの説得によって和解した。

ハルナイムの王テンプレート:仮リンクが世継ぎがいないことを気にし、6日間もの間儀式をして神々に供物を捧げた際には、ダニルウに息子を与えるようイルにとりなした。その後、ダニルウの息子アクハトが生まれ、アナトが彼の持つ特別な弓を手に入れようとして失敗し、復讐の為にアクハトを殺させた際には、アクハトの妹プガトの祈りを聞き入れてその鷲たちを倒して地上に落とした。

聖書におけるバアル

旧約聖書の列王記下では、預言者エリヤがバアルの預言者と争い、神の偉力をもってバアル信者を打ち滅ぼしたことが書かれている。バアルは旧約聖書の著者達から嫌われており、もともと「バアル・ゼブル」(崇高なるバアル)と呼ばれていたのを「バアル・ゼブブ」(蝿のバアル)と呼んで嘲笑した。

この呼称が定着し、後世にはベールゼブブと呼ばれる悪魔の1柱に位置づけられている。士師記にも記述が見られ、バアルの祭壇を破壊した士師ギデオンはエルバアル(バアルは自ら争う)と呼ばれた[2]。新約聖書ではイエス・キリストが悪霊のかしらベルゼブルの力を借りて悪霊を追い払っているとの嫌疑をかけられている。聖書においては異教(他国)の神々は否定的に描かれていることが多い。

また、人身供犠を求める偶像神として否定的に描かれ、アブラハムの宗教に対する「異教の男神」一般を広く指す普通名詞としてバアルの名が使われる場合もある。

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コラン・ド・プランシー著『地獄の辞典』第6版の挿絵におけるバエルの姿

グリモワールにおけるバアル

バアルは旧約聖書に現れる異教の神として悪魔学でも重視される。 グリモワールのひとつ『ソロモンの小さな鍵』の第一書とされる『ゴエティア』ではバエルBaël)の名で現れる。東方を支配し、66の軍団を率いる序列1番の大いなる王とされる。強さ、支配、法と正義の調和、大胆、勇気、破廉恥、復讐、決断、不穏、高慢、感受性、野心、聡明を司るとされる。

『大奥義書』でも、6柱の上級精霊に仕える18柱の下位精霊に名前を挙げられており、ルキフゲ・ロフォカレの支配下にあるという[3]

さまざまな姿で現れ、カエル、または人間に似た姿、もしくはこれら全てを併せ持った姿を取るという[4]コラン・ド・プランシー著『地獄の辞典』の挿絵では、ネコ、王冠を被った人間、カエルの頭をもった蜘蛛の姿で描かれている。しわがれた声で話し、人を透明にしたり、知恵を与えたりする力を持つという[5]。戦いに強いと言われることもある[6]

脚注

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  1. 1.0 1.1 パルミラの遺跡 (1988)、49頁
  2. 士師記 6.32
  3. Arthur Edward Waite, The Book of Ceremonial Magic(1913), p187
  4. 悪魔の偽王国』では、カエル、ネコ、人間の3つの頭を持った姿で現れると書かれている。
  5. Johann Weyer, Pseudomonarchia Daemonum
  6. 『地獄の辞典』p216-217、「バエル」の項

参考文献

  • テンプレート:Cite book
  • グスタフ・ディヴィッドスン著『天使事典』吉永進一訳、創元社、2004年、ISBN 978-4-422-20229-7
  • コラン・ド・プランシー著『地獄の辞典』床鍋剛彦訳、講談社、1990年、ISBN 978-4-06-201297-3
  • 『バアルの物語』谷川政美訳、新風舎、1998年、ISBN 978-4-7974-0327-5

関連項目

外部リンク