ダウン症候群

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ダウン症候群(ダウンしょうこうぐん、テンプレート:Lang-en-short)は、体細胞の21番染色体が1本余分に存在し、計3本(トリソミー症)持つことによって発症する、先天性の疾患群。ダウン症とも呼ばれる。多くは第1減数分裂時の不分離によって生じる他、第2減数分裂時に起こる。治療法・治療薬はない。蒙古症とも呼ばれる。

ファイル:21 trisomy - Down syndrome.png
ダウン症候群 22対の常染色体のうち21番以外の染色体は全て正常な2本組(ダイソミー)だが、21番染色体だけは3本組(トリソミー)になっており、これがダウン症候群を引き起こす原因になる。右下に見えるXとYは性染色体。

歴史

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ジョン・ラングドン・ハイドン・ダウン
ファイル:Jérôme Lejeune.TIF
ジェローム・レジューン

1866年に英国の眼科医ジョン・ラングドン・ハイドン・ダウンが論文『白痴の民族学的分類に関する考察』でその存在を発表(学会発表は1862年)。最初は「目尻が上がっていてまぶたの肉が厚い、鼻が低い、頬がまるい、あごが未発達、体は小柄、髪の毛はウェーブではなくて直毛で薄い」という特徴を捉えて「Mongolism(蒙古人症)」または「mongolian idiocy(蒙古痴呆症)」と称され、発生時障害により人種的に劣ったアジア人のレベルで発育が止まったために生じると説明されていた。しかしダウンによるこの人種差別的な理論は、アジア人にもダウン症がみられることからすぐに破綻をきたした。[1]

1959年フランス人ジェローム・レジューンによって、21番染色体がトリソミーを形成していることが発見された。

1965年WHOによって「Down syndrome(ダウン症候群)」を正式な名称とすることが決定された。

2012年3月21日国際連合が「世界ダウン症の日」に認定[2]。21番染色体トリソミーにちなむ。

原因・割合

染色体の不分離や転座によっておこる。染色体の不分離によって起こるケースは全体の95%を占める。母親の出産年齢が高いほど発生頻度は増加し、25歳未満で1/2000、35歳で1/300、40歳で1/100となる[3]。一般に1/800という割合で発生している。 日本での患者数はおよそ5万人。[4]アメリカがおよそ34万人。イギリスがおよそ5万人とされる。 日本人は全障害児におけるダウン症の割合が他国に比べて低く、その代わりに自閉症出現率が高めである。

疫学

染色体トリソミーは21番染色体以外にも起こるが、性染色体以外の常染色体には生命活動に必須の遺伝情報が含まれるため、トリソミーがあった場合は死産となるか、出産できたとしても長くは生きられない。これに対し21番染色体は異常が致命的とならない場合がある。ただし、21トリソミーの胎児の80%は流産や死産に終わる。

遺伝子疾患及び染色体異常の中では最も発生頻度が高い。参考としてアメリカにおける統計では、20 - 24歳の母親による出産ではおよそ1/1562なのに対し、35 - 39歳でおよそ1/214、45歳以上の場合はおよそ1/19と高率となっており、母体の加齢により発生頻度は増加すると言える[5]。イギリスでは2000年の年間約600人の出生数が2006年には15%増え746人となった。原因は出産の高齢化による。

93%が標準型21トリソミー。5%が21番染色体が他の染色体に付着した転座型で、転座型の半分(全体の2%)は親が均衡型転座を保因する遺伝性転座。1 - 2%が、個体の中に正常核型の細胞と21トリソミー(21番目の染色体が3本ある核型)の細胞とが混在しているモザイク型である。標準型は精子卵子形成時の減数分裂における染色体不分離が原因である。転座型は親の片方が均衡転座保因者であり、適切な遺伝カウンセリングを受ける必要がある。モザイク型は受精後の卵分裂の過程での不分離に基づく。細胞の一部はトリソミーというように混在する。そのため、重度な障害は無い。

臨床像

知的障害先天性心疾患、低身長、肥満、筋力の弱さ、頸椎の不安定性、眼科的問題(先天性白内障、眼振、斜視、屈折異常)、難聴があるが必ず合併するわけではない。(特にダウン症候群を知的障害の一種と誤認されることがありうる。)新生児期に哺乳不良やフロッピーインファントのような症状を示し、特異的顔貌、翼状頚、良く伸展するやわらかい皮膚などから疑われることもある。青年期以降にはストレスから来るうつ症状・早期退行を示す者もいる。男性の場合モザイク型を除き全て不妊となる一方、女性の場合多くは妊娠が可能であるが、胎児のダウン症候群発症率は50%である(ただし多くは自然流産となる)。

40歳以降にアルツハイマー病が高確率でおきる[6]

外表奇形
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ダウン症児の目。やや吊り上っている。
顔の中心部があまり成長しないのに対して顔の外側は成長するため、吊り上った小さい目を特徴とする顔貌(特異的顔貌)を呈する。他には舌がやや長い、手に猿線、耳介低位、翼状頚などが発生する。
精神発達遅滞
一般に精神発達遅滞が認められる。
合併奇形等
ダウン症候群では高率に鎖肛先天性心疾患先天性食道閉鎖症白血病円錐角膜斜視、甲状腺機能亢進症、甲状腺機能低下症などを伴う。
青年期の心理的問題
思春期から成人期にかけて、部屋に閉じこもる、寡黙になる、といった変化が急に現れることがあり、その多くは環境の変化や契機となる出来事への適応障害または心因反応と考えられている。しかしこの病態に対しての医学的な検討が充分為されていないため、その治療については確立した方法がまだない。
思春期以降、性欲が理性でコントロールできないため、ケアに難渋することがある。カナダダウン症協会はダウン症者に性について理解させるための本を出版している[7]

検査

妊娠段階において妊娠11週ごろに絨毛検査で確定的に診断することができるが、日本においては絨毛検査を実施している医療機関は少ない。妊娠15 - 16週ごろに、母体血清マーカー検査により確率的に診断することが、羊水染色体検査(羊水穿刺)で確定的に診断することが可能である(産婦人科病院で行われる)。検査結果が出るまでに2 - 3週間を要する。「妊婦検診等でこういった検査を勧められなかった」としても医療側の落ち度は無いとされる(裁判事例:京都地裁平成9年1月24日判決[8])。そのため妊婦は自ら医療側に進言(結婚している妊婦の場合夫婦の同意に基づく)しないと正式には行ってもらえない。また検査の結果も、正式には「妊婦側が聞くことを希望して初めて通知出来る」とされている。

英国では国策として出生前診断を推進している。

中絶

中絶率
2002年の人工妊娠中絶率の文献レビューでは、イギリスヨーロッパでダウン症と診断された妊婦のうち、91-93%が妊娠を中断した。[9]イギリスの国家ダウン症候群細胞遺伝学登録簿(NDSCR)のデータによれば、登録が始まった1989年から2006年における、ダウン症候群の診断を受けた後に中絶を選んだ女性の割合は、継続的に約92%である。[10][11]
アメリカでダウン症胎児の中絶率調査が実施され、3つの研究では、それぞれ、95%、98%、87%となっている[9]
倫理的な問題
医療倫理学者のロナルド・グリーンは、両親は自分の子孫に「遺伝的な害」が及ぶのを避ける義務があると主張している[12]。イギリスのジャーナリスト、ドミニク・ローソンは、ダウン症の娘が生まれた際、彼女に対する無償の愛と、彼女が存在することの喜びと同時に、妻が検査を受けていれば中絶できたという外部の声に怒りを表明した。これに対し、長い期間、ダウン症協会の支援者であったクレア・レイナーは、ローソンの、娘への態度を絶賛すると共に、ローソンが障害検査と発見時に中絶をすすめる医師や助産師を酷評することには賛成できず、障害検査と中絶を次のように擁護した。「辛い事実としては、障害を持った個人の面倒をみるということは、人力、哀れみ、エネルギー、そして有限の資源であるお金がとても掛かると言う事だ・・・。まだ親になっていない人は、自分に問いかけてみるべきだ。自分が他人(社会)にその重荷を背負わせる権利があるのか、もちろん、その重荷の自分の持分をすすんで引き受ける前提としてだが。」[13]
この高い中絶率と言う倫理的な結果を憂慮する医師や倫理学者もいる。[14] ピューリッツァー賞を受賞した保守的な評論家で、息子の一人がダウン症であるジョージ・ウィルはそれを「中絶による優生学」と呼んでいる。[15][16]

治療

ダウン症は染色体異常であるため、根本的な治療方法は無い。

ダウン症を題材にした作品

出典・脚注

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外部リンク

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  1. スティーヴン・ジェイ グールド「パンダの親指」上巻15章 "ダウン博士の症候群" 早川書房1996年
  2. http://www.jdss.or.jp/saishin/dsi3.21.pdf 「国連による3月21日『世界ダウン症の日認定を祝って』」財団法人日本ダウン症協会]
  3. ラングマン人体発生学第10版 P18 ISBN 978-4-89592-650-8
  4. ダウン症の子どもたち (子どものためのバリアフリーブック―障害を知る本) 稲沢 潤子 (著)1998年
  5. 1970-1989年のアメリカでの統計結果
  6. ステッドマン医学大辞典第6版
  7. ダウン症者の思春期と性、カナダダウン症協会編、飯沼 和三 訳
  8. 『遺伝医学・遺伝相談に関する倫理的・法的諸問題の比較法的研究』64頁(丸山英二(神戸大学大学院法学研究科))、科学研究費補助金研究課題番号12620004、京都地裁平成9年1月24日判決(平成7年(ワ)第629号)、判時1628号71頁、判タ956号239頁、医事法14(1999)号121頁
  9. 9.0 9.1 テンプレート:Cite journal これは、テンプレート:Cite journalによって発見された90%と言う結果とも類似している。
  10. テンプレート:Cite news
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