サテラビュー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

テンプレート:Infobox コンシューマーゲーム機 テンプレート:コンピュータゲームオンラインサービス サテラビュー(Satellaview)は、1995年任天堂が日本で発売したスーパーファミコン専用周辺機器であり、1995年から2000年までBSアナログ放送にて実施されたスーパーファミコン向け衛星データ放送サービスを受信するためのデータ放送受信端末(モデム)である。主にゲームソフトが配信された。

サテラビューは機器の名称だが、この機器で受信できたデータ放送サービス(スーパーファミコンアワー)も度々サテラビューと呼ばれた。当時の販売価格は送料税込18,000円。

概要

衛星データ放送の制度化

1984年に打ち上げられた放送衛星により実施されたBS放送は通常のテレビ放送だけでなく、独立音声放送、ファクシミリ放送、データ放送、ハイビジョン放送など多彩なサービスを視野に入れて開発・実施された。しかし当初その放送電波のデジタル放送帯域はデジタル音声放送の利用のみに限られていた。データ放送は当時の郵政省により、事業としての目処が立つ事業者だけに免許が与えられる施策が採られており、魅力あるコンテンツを供給できるかどうかが、参入を希望する事業者たちが共通で頭を悩ませる点であった。

1990年からBS第5チャンネル[注釈 1]WOWOWと共用し独立音声放送を実施したセント・ギガを運営する衛星デジタル音楽放送(SDAB)は経営悪化に陥っていた。任天堂は1993年1月に子会社の任天堂ギガを設立し同社を通じ同年3月にSDABへ資本参加し、データ放送事業の計画を公表した。この事業にはSDABを任天堂の資本支援により健全化させる目的が含まれた。ラジオ放送を補完する文字画像情報のほか、ニュース天気予報教育番組カラオケ番組などの配信が予定されたが、ゲームソフトの放送は法規制や技術面から困難とされた[1][2]。 BSによる衛星データ放送は1993年から郵政省の諮問機関により答申が行われ、1994年に制度化された。その後1995年3月にセント・ギガのデジタル放送帯域を使用し、任天堂がコンテンツを供給するプランが認可を受け、SDABへ対し放送免許が交付された。1993年の計画で公表された天気予報やニュースは実施せず、任天堂が得意とするゲームソフトを中心とした娯楽放送として実施されることとなった。コールサインはJO33-BS-TDM1である[注釈 2]

サービスセンターの開設・機器販売の開始

1995年2月13日より機器の通信販売、受信機器の接続方法や放送内容等の問い合わせに応じるコールセンター「任天堂サテラビューサービスセンター」が設置され、SDAB設立当初から資本参加していた福武書店(現:ベネッセコーポレーション)が共同運営した。問い合わせ先の電話番号には東京・大阪の2番号が用意された。

任天堂はこれと同時に専用カセットなど受信に必要な機器をまとめた「サテラビューセット」の通信販売を開始した。価格は送料税込18,000円である。店頭や『クロノ・トリガー』に同梱され配布された小冊子、ゲーム雑誌へ綴じこまれた注文ハガキ、サービスセンターにより申し込みを受け付け、1995年4月中旬からヤマト運輸代金引換にて順次配送が開始された。しかし店頭販売はまだ実施されなかった。

衛星データ放送サービス開始

衛星データ放送サービスは1995年4月23日からセント・ギガ衛星データ放送 スーパーファミコンアワー[注釈 3]の名称で、広告収入による無料放送の形態により本放送を開始した。データ放送を受信するには受信機器を揃えるのみでよく、セント・ギガとの受信契約や有料放送を受信するためのBSデコーダーは必要としなかった。

放送は毎日昼12時から深夜2時まで行われた[注釈 4]。1時間あたりゲームや文字情報番組を交代で2-3番組、一部時間帯を除き番組ガイドを常時配信する編成を基本とし、夕方を中心とした数時間は同時に放送されるラジオ番組とデータ番組を連動させた「音声連動番組」の時間に割り当てた。セント・ギガのラジオ放送は有料放送のため通常はスクランブルが掛けられ、加入者以外は聴くことはできなかったが、この音声連動番組の時間帯は無料のノンスクランブル放送で行われ、セント・ギガとの契約およびBSデコーダーの有無、サテラビューの有無に関わらずラジオ音声を聴くことができた。

スーパーファミコン向けにソフトを発売した主要サードパーティー各社も積極的に関与した。スクウェアは『クロノ・トリガー』のサウンドテストなどデモ番組を放送し、ラジオ番組にはスタッフがインタビューに出演した。アスキーはサテラビュー向けにゲームソフトを供給した他、放送開始とともに『月刊ファミコン通信攻略スペシャル』の増刊、姉妹紙として、データ放送の番組表、放送されるゲームの内容や攻略情報、番組出演者へのインタビューなどを掲載した月刊誌『サテラビュー通信』を刊行した。ハドソンはサテラビュー専用に供給したゲームソフト『鮫亀』のテレビCMを製作・放送した。このCMは鮫亀のテーマソングとともに福原愛が登場し、店頭では売っていないソフトであることが告知された。

広告資材では衛星放送による新サービスであることを強調した「宇宙から新しいゲームが降りそそぐ。」、視聴者が参加する放送であることを示す「聴く、見る、遊ぶ、参加する!!」のキャッチコピーが用いられ、「世界初の衛星データ放送」と説明された。このデータ放送は一部ではマルチメディアの実例として、さらにはラジオやテレビに続く新しい放送形態として期待されたが、普及はしなかった。

普及しなかった原因

サテラビューは以下の要因により普及には至らなかった。

煩わしい販売形態
既存のBS放送受信機との接続可否を確認するため当初は通信販売形式を取ったが店頭では市販されなかった。店頭販売は放送開始から約半年後の11月1日からとなり、一部の店舗に限られた。
衛星放送を利用する困難さ
スーパーファミコン利用者の中心層であった当時の児童生徒ら若年層にとってBS放送の受信機器は高価であり、既にBSの直接受信環境を有していた家庭でなければ所有・占有することは困難だった。データ放送サービスが有料と誤認する人々も存在した。データ放送はアンテナとチューナによる直接受信のみで受信できたため、データ放送の受信ができない当時のケーブルテレビや共聴設備で宅内配線されたマンションでは受信できなかった。
積極的でない広報活動
雑誌広告は放送開始前から長期に渡り実施されたが、テレビCMは他のゲームソフトと同様に1か月程度しか放送されず、市販スーパーファミコンソフトへの広告資材封入は『クロノ・トリガー』『スーパーマリオ ヨッシーアイランド』などごく一部のみ実施された。番組内容を知る手段は一部のゲーム誌や新聞に掲載された番組表、または広告に限られた。
次世代ゲーム機の普及とスーパーファミコン市場の縮小
データ放送開始時点で競合他社のプレイステーションセガサターンなどの第5世代ゲーム機がすでに発売されており、ゲーム業界やゲームファンの興味はこれらのソフトや価格競争に推移していた。さらに任天堂自身も1996年6月にはNINTENDO64を発売し、スーパーファミコン市場を優先すべき理由がなくなった。

サテラビュー向け事業の縮小と新たな事業計画

サテラビュー購入者の伸び悩みから、データ放送は早くも1996年度以降規模を縮小した。アスキーは放送内容の縮小に伴い『サテラビュー通信』を1996年春に廃刊。1996年9月末には任天堂サテラビューサービスセンターが業務を終了し、10月以降番組内容に関してはセント・ギガが、受信機器に関しては任天堂がそれぞれ個別に対応することとなった。

同年6月に任天堂は野村総合研究所マイクロソフト株式会社と共同で、セント・ギガのデータ放送とインターネットを融合させたWindowsPC向けの情報サービスを提供する計画を発表したが、1997年に計画を白紙撤回した[3][4][5]

SDABと任天堂の決裂

テンプレート:See 1998年に任天堂は京セラと共同でSDABを通じてBSデジタル放送によるテレビ放送への進出計画を発表[6]。 しかしSDABの累積債務一掃のため増資を行う計画であったことからSDABの前経営陣を中心とした既存株主らが反対したことでこの計画も白紙化となった[7]

データ放送の終了

SDAB前経営陣ら既存株主との騒動の結果、任天堂はデータ放送事業の継続を断念し、1999年3月31日をもって番組供給を打ち切りデータ放送のスポンサーから撤退するとともにSDAB出向者と資本を引き揚げた。SDABは1999年度以降データ放送サービスを単独で継続し、これと同時にサービス名称からスーパーファミコンアワーの名を外し、単にセント・ギガ衛星データ放送とした。

コンテンツ供給者であった任天堂の撤退により番組の再放送・放送時間の縮小が繰り返され、単独運営を開始した1年3か月後の2000年6月30日午後11時、『Dr.マリオ』の配信を最後にデータ放送サービスは終了した。セント・ギガは新規スポンサーの獲得ができず放送継続が困難となったことを終了の理由として挙げた。

技術

BSアナログ放送の電波は、1チャンネル27MHzあたり以下のように配分されていた。BS第5チャンネルを例に挙げて説明する。

  • 映像部 - この部分はWOWOWのテレビ映像信号が使用しており、地上アナログ放送波で使われていたNTSC信号が17MHzの帯域を使って4.5MHzまでの信号がFM変調されていた。
  • 音声部 - この部分は地上波とは違い1秒あたり約2Mbのデータが送られており、6.5MHzの帯域を使いDQPSKによって変調されていた。Aモードの場合、32kHz10bit(14bitから準瞬時圧伸)で収録されたPCM音声4チャンネルと約480kbのデータ放送が利用できた[注釈 5]。音声部分はWOWOWとセント・ギガが共用した。
    • デジタル音声1 - WOWOW主音声(ステレオ設定時:WOWOW左音声)
    • デジタル音声2 - WOWOW副音声(ステレオ設定時:WOWOW右音声)
    • デジタル音声3 - セント・ギガ主音声(ステレオ設定時:セント・ギガ左音声)
    • デジタル音声4 - セント・ギガ副音声(ステレオ設定時:セント・ギガ右音声)
    • データ部 - 衛星データ放送では、第5チャンネルのこの部分をゲームデータの送信に使用した。

任天堂は衛星データ放送の実施に先立ち、セント・ギガに割り当てられたデジタル放送データ部を通じて受信したデータをスーパーファミコン上で実行する機能と、セント・ギガのラジオ音声とスーパーファミコンの映像・音声をミキシングし同時にテレビへ出力させる機能を備えた専用周辺機器「サテラビュー」を開発した。

受信機の構成

ファイル:Satellaview system.png
機器の接続方法と信号の流れ

データ放送の受信機器は以下の「サテラビューセット」に加え、スーパーファミコン本体、スーパーファミコン用のAVケーブル、テレビ・ビデオデッキなどを含むBSアナログチューナー内蔵機器、BSアンテナ、テレビと数多くの機器で構成された。

サテラビュー本体
型番 - SHVC-029
スーパーファミコン本体底面の28ピン拡張コネクタに接続するデータ放送受信モデム。BSアナログチューナーのビットストリーム端子から出力されたプログラムデータおよび音声データを受信し、スーパーファミコン本体へ送る。本体下部に設置するという構成は、かつてのファミリーコンピュータ ディスクシステムのそれに近いが、「カセット差込口を塞がない」「スーパーファミコンとは底面のビス2本で固定」「通常のゲームカセット使用時にも取り外す必要はない」「後述の電源中継ボックスによってACアダプタを一本化できる」という点において、機械としての進歩を見ることができる。内部には拡張コネクタが用意され電話回線ハードディスクを繋ぐ構想もあった[8][9]が、この端子へ接続する機器は発売されなかった。
衛星放送専用カセット『BS-X -それは名前を盗まれた街の物語-』
型番 - SHVC-028
データを受信し実行するためのメニューアプリケーションを搭載したロムカセット。BS-Xカセットと略される。スーパーファミコン本体に挿し込み電源を投入するとタイトル画面に続き、コンピュータRPGに出てくるような「名前を盗まれた街」が現れる。プレイヤーは自分の分身となる少年または少女を動かし、街の中に点在する建物に入ることでデータの受信や実行を行うことができた。受信したゲームの進行状況や得点などのセーブデータはこのカセットのバックアップSRAMに記録される。
8Mメモリーパック
型番 - SHVC-031
受信したデータ放送番組を記録するためのメモリーカートリッジ。メモリーパックと略される。BS-Xや衛星放送対応カセットの上部に用意されたコネクタに差し込んで使用する。容量8Mビットのフラッシュメモリを搭載しており、データの書き換えや半永久的な保存が可能。音声放送の記録はできない。このメモリーパックを介することによるゲームボーイバーチャルボーイNINTENDO64など他機種へのゲームデータ配信も構想された[8]が実現はしなかった。
本体セットには1つ同梱された。1995年7月からはサテラビューサービスセンター経由での通信販売が開始され、後にサテラビュー取扱店や任天堂ホームページでの販売もされた。単品での税別販売価格は5,000円。いずれにも記録した番組名などを記入しメモリーパックへ貼り付けるためのインデックスラベルが1シート同梱された。
アスキーが発売したツクールシリーズの『RPGツクール2』『音楽ツクール かなでーる』『サウンドノベルツクール』では、セーブデータを保存する外部記憶装置として8Mメモリーパックを使用することができた。さらに『音楽ツクール かなでーる』で作成した曲データを8Mメモリーパックに記録させ、『サウンドノベルツクール』または『RPGツクール2』で使用することもできた。これらの機能を利用する場合サテラビュー本体を接続する必要はない。
同形状の周辺機器にROMパックが存在する。対応カセットへのデータ追加を目的としたロムカセットで、同梱または別売りされたソフトには『鮫亀』『SDガンダムGNEXT』がある。
AVセレクタ
型番 - SHVC-030
BSアナログチューナー(内蔵)機器(テレビ・ビデオ)とスーパーファミコン本体の映像・音声を自動で切り換える機器。通常はBSアナログチューナーからの映像・音声をテレビに中継しており、スーパーファミコン本体の電源投入動作と連動してゲーム画面をテレビに表示させる。この他電源とビットストリーム信号をサテラビュー本体へ中継し、各機器の接続を容易にする役割も持つ。スーパーファミコン本体からの映像・音声の中継にはステレオAVケーブルまたはモノラルAVケーブルを使用する。RFスイッチ、S端子ケーブル、RGBケーブルは接続できないため、これらのケーブルを使用する場合はAVセレクタを経由せずにテレビと直接接続する。
ACアダプタ
型番 - SHVC-032
サテラビュー本体とAVセレクタ、スーパーファミコン本体へ電源を供給するための機器。AVセレクタへ接続し、コンセントへの常時接続と通電が推奨された。プラグの形状が異なるためスーパーファミコン本体には直接接続できない。全ての電源はこのサテラビュー用ACアダプタで供給されるため、スーパーファミコン用のACアダプタ HVC-002は必要としない。
電源中継ボックス
型番 - SHVC-033
サテラビュー本体の電源出力からスーパーファミコン本体へ電源を供給するL字型の機器。これによって使用する電源コンセントの数を一本のままに出来る。この機器を使用せず、スーパーファミコン本体にはこれまで通りのACアダプタを使うということも一応は可能だが、この場合、使用コンセントの数は二つになってしまう。

サテラビュー本体セットと本体基板(MAIN-BSA-01)に実装されているLSIの例[注釈 6]

サテラビューセットにはこれらの機器の他、各機器の機能を説明した「取扱説明書」、BS-Xの内容と操作方法を解説した「BS-X取扱説明書」、サテラビューセットと各種BS機器との接続方法を解説した「接続説明書」の3冊が同梱された。

放送形態による番組の分類とその一例

この項目ではサテラビュー向けに放送された番組を放送形態ごとに分類し、その詳細と番組名を掲載した。特にサテラビュー専用に制作・放送されたゲーム番組は「BSオリジナルゲーム」や「サテラビュー専用ゲーム」などと呼ばれる。

作品名と共に記された年は初回放送年のため、実際の制作年とは一致しない。

サウンドリンクゲーム

あらかじめ決められた1時間にラジオ音声とゲームデータを同時に放送し、その放送時間内のみプレイできるゲーム。1995年度までは音声連動ゲームと呼ばれたが、1996年度から呼称をサウンドリンクゲームに変更した。

サウンドリンクゲームへ参加する際には8Mメモリーパックが必要となる。メモリーパック内のデータはすべて消去され、サウンドリンクゲームのデータが上書きされた。メモリーパック内に蓄積されたサウンドリンクゲームのデータは放送終了後に起動できず、放送時間外にプレイすることはできない。ただしごく一部にはメモリーパックのデータ消去を必要としない番組や、メモリーパックにゲームデータが残り放送時間外もプレイできる番組も存在した。

番組終了後にはゲーム中の成績を暗号化したパスワードが画面に表示された。このパスワードをセント・ギガにハガキやファクスで送ると後日マガジン番組内でランキングの発表が行われ、参加者にははがきによる賞状、成績優秀者または抽選で選ばれた当選者にはメモリーパックやテレホンカードなどの景品が贈られた。

ゲームとラジオの連動は以下の形式に分けられる。

ゲームを主とした番組
プレイヤーの操作によりゲームが進行する。ゲーム内では制限時間内にスコアをできるだけ獲得する、イベントをクリアするなどの目的が設けられ、ラジオではゲームのBGMやラジオドラマが放送される。ラジオの合図やセリフによってゲームの開始、終了時刻、ヒントを知らせたり、ゲーム上にアイテムが登場するなどの変化が起こる。
ラジオ音声を主とした番組
ラジオ音声に合わせて半ば強制的にゲームが進行する。
  • 『わいわいでQ』『サテラQ』(1995年から1999年まで) - 石井康嗣扮するギャラクター石井が司会を、涼子ちゃんと呼ばれる20歳前後の一般女性がアシスタント兼回答者を務めた視聴者参加型データ連動クイズ番組。BSデジタル放送にて各局が実施したデータ連動クイズ番組をこの時点で実現していた。1995年度には『わいわいでQ』の番組名でホリ電機制作の間違い探しゲーム『わいわいチェック』と合わせ放送が行われたが、1996年度からはクイズ番組『サテラQ』のみとなり改題した。
  • 『Rの書斎』『Rの書斎 第二幕』(1997年) - 怪談超常現象を題材としたラジオドラマ。サテラビューを利用すると字幕や内容に沿った画像がテレビ画面に表示され、さらに途中で選択肢も現れる。選んだ選択肢によってはラジオ音声に代わり、あらかじめメモリーパックに蓄積されたサンプリング音声が再生され、新たな物語を聴くことができた。主人公の甲山たけしは岸野幸正が、彼に話を提供するR老人は龍田直樹が演じた。この他の登場人物もすべて青二プロダクションの役者が演じた。

イベントゲーム

サテラビュー専用に作られたゲームや市販のゲームを改変したイベント版を使用して、スコアなどの成績を競う番組。新作ゲームの体験版を兼ねた物も多い。一度受信すればメモリーパックに記録され、放送時間外でもプレイできた。イベント終了後は二度と再放送されない作品、BSオリジナルゲームとして繰り返し再放送された作品に二分される。1997年度には月ごとに新たなイベント用ゲームを供給する企画「マンスリーイベント」が実施された。

BSオリジナルゲーム

広義のBSオリジナルゲームはサテラビュー専用に制作・放送されたゲーム全般を指すが、狭義には企業イメージの向上や新発売のゲームを盛り上げる目的で放送された作品、市販が見送られサテラビュー用に供給された作品のうち、イベントが開催されなかった作品を指す。一部には実行回数制限が付けられたゲームもあり、規定の回数ゲームを起動するとプレイが不可能となった。

  • 『ダイナマイ・トレーサー』『トレジャー・コンフリクス』『恋はバランス たとえばK君の多忙な一日編』『ラジカル・ドリーマーズ -盗めない宝石-』(スクウェア 1996年) - ゲームジャンルは順にタイムアタック要素のある戦略型アドベンチャーゲームシューティングゲーム要素のあるRPGギャルゲーの要素を盛り込んだボードゲームサウンドノベル形式のアドベンチャーゲームである。当時のスクウェアはRPGを主力とした企業であったが、これらは他ジャンルへの可能性を示す実験作として制作、放送された。
  • 『クロノ・トリガー ジェットバイクスペシャル』『クロノ・トリガー キャラクターライブラリー』『クロノ・トリガー ミュージックライブラリー』(スクウェア 1995年) - 『クロノ・トリガー』の販促作品として放送された。「ジェットバイクスペシャル」は本編に収録されたミニゲームの「ジェットバイク」を独立させたゲーム。「キャラクターライブラリー」はプレイヤーキャラクターや敵キャラクターの紹介、「ミュージックライブラリー」は本編で使用されている曲を自由に聴けるサウンドテストのため、厳密にはゲームではない。
  • 『カービィのおもちゃ箱』(任天堂 1996年) - 『星のカービィ スーパーデラックス』の発売を記念して放送された8種のミニゲーム集。
  • ヨッシーのパネポン』BS版(任天堂 1996年) - 『パネルでポン』の日本国外版として開発された作品。市販された『ヨッシーのパネポン』ゲームボーイ版の発売記念および販促を目的とした。
  • 『すごいRPG?』『うまたろうゲンナリンだいぼうけん』(アスキー 1995年)- 『ファミコン通信』編集部のバカタール加藤や桃栗たき子が『RPGツクール SUPER DANTE』で作成した奇想天外なストーリーのRPG。
  • 『ゴルフ大好き! O.B倶楽部』『改造町人シュビビンマン零』(メサイヤ 1997年) - 完成しながらも発売が見送られたゴルフゲームと『改造町人シュビビンマン』シリーズの1作品をサテラビュー用番組として供給。

ゲームベストセレクション

カセットで市販されたスーパーファミコンソフトをそのまま放送する番組。1996年8月から開始された。これらは実行回数制限が付けられており、バックアップ機能付のゲームはその機能が利用できない制限があった。

秘伝ゲーム

新作ゲームの体験版。1995年度は毎週各社から新しい作品が提供されたが、翌年度からは減少した。実行回数制限のある物、プログラムを製品版とは変更することで先の面やイベントに進めないようにされた物、時間制限があり一定の時間で強制的に終了する物が存在した。

衛星放送対応ソフトの追加データ

BS-Xと同様にメモリーパックの差し込み口が付いたスーパーファミコンソフトは、データ放送にて追加データの配信が行われた。データの追加はメモリーパックを介して行った。BS-Xカセットで追加データを受信しメモリーパックに記録させ、このメモリーパックを衛星放送対応ソフトに差し替えるとデータが追加された。一部にはデータ放送と連動するソフトもあり、放送時間中に対応ソフトをBS-Xのかわりに差し込むことでゲームに参加できた。

  • 鮫亀』製品版 - 新しい絵柄の駒を追加。駒の自作ツールも放送された。
  • RPGツクール2』 - サンプルゲームやマップ・キャラクターなど製作素材の追加。
  • ダービースタリオン96』 - レースデータや種牡馬データの配信、サウンドリンクゲームとの連動。
  • 糸井重里のバス釣りNo.1』 - 専用マガジン番組の配信、サウンドリンクゲームや独立データ放送との連動。
  • SDガンダムGNEXT』 - ユニットとマップの追加。追加データを記録したROMパックも市販された。
  • サウンドノベルツクール』 - コンテスト入賞作やサンプルゲームの配信。
  • 音楽ツクール かなでーる』 - コンテスト入賞曲やサンプル曲の配信。本作の音楽データを他のツクールシリーズで使用するにはかなでーるカセットによるコンバート作業が必要だが、かなでーる未所有者を対象としたコンバート済みデータも配信された。

マガジン番組

文字と写真・イラストなどの図形により各種情報を提供する雑誌状の番組。独自に企画・製作された番組の他に実在の雑誌と提携し一部の記事を紹介する番組も存在した。

  • かべ新聞ニュース - 番組表とイベント用ゲームの結果発表、視聴者からのハガキやファックスの紹介。
  • 取説マガジン - ゲームの操作方法や内容の説明。
  • リリー・フランキー劇場(1995年度) - リリー・フランキーによるデジタルコミック
  • ギャル缶バズーカー(1996年度) - タウン情報。
  • BSグッズプレス(1997年度) - グッズ情報。徳間書店 グッズプレスとの提携番組。
  • BSファミ通(1997年度) - ゲーム情報。アスキー ファミ通との提携番組。
  • お料理ポン!(1997年度) - 料理番組。講談社 お料理MINEとの提携番組。
  • BS任天堂HP(1998年度) - ゲーム情報。インターネットで公開された「任天堂ホームページ」の情報をサテラビュー向けに編集した番組。

パーソナリティ番組

ラジオ放送によるラジオパーソナリティのトークやゲーム情報を主番組とし、同時に放送されたマガジン番組やゲームを補完番組として、これらを組み合わせた連動番組。

この時間帯に放送されたマガジン番組は番組に投稿されたイラスト、ラジオ内で放送された曲目、場所や人物の詳細、収録の様子やゲーム画面などの写真、番組の裏話など、ラジオ音声では伝えにくい情報の掲載が行われた。ゲームにはラジオ放送を聴きながらプレイできる機能が備えられ、ゲームタイトルにはラジオ番組を担当するパーソナリティの名が冠された。

初年度のラジオ放送ではタモリ内田有紀泉谷しげる浜崎あゆみ伊集院光爆笑問題裕木奈江細川ふみえ松本梨香杉山佳寿子AK LIVEなどがパーソナリティを務めた。しかし1995年度末には大多数の番組が終了し、1996年度は伊集院光、爆笑問題、裕木奈江の番組はスーパーファミコンアワー内で継続され、AK LIVEの番組は有料放送時間帯へ移動した。1997年度にはすべてのレギュラー番組が終了し、爆笑問題がクイズ形式のサウンドリンクゲームに出演するに留まった。

以下は1995年度に放送されたラジオ番組名、それと同時放送されたゲームである。

  • 『爆笑問題の放課後の王様』と『ワリオの森 爆笑バージョン』
  • 『サバチーチカレッジ タモロス博士のサンデーゼミナール』とお絵かきロジックをゲーム化した『タモリのピクロス
  • 『内田有紀の夕暮れストリートキッズ』とジグソーパズルをゲーム化した『有紀のジグソーキッズ』、間違い探しをゲーム化した『有紀のWAIWAIキッズ』
  • 『裕木奈江の明日になれば…』と裕木奈江をキャラクターに起用したアクションゲーム『KONAEちゃんのドキドキペンギン家族』
  • 杉山佳寿子がパーソナリティを務めたハドソンの広報番組『UNDAKE30 鮫亀大作戦』と『鮫亀

以下は1996年度に放送された番組である。投稿企画としてゲームのアイデアが募られたが、前年度のように特定のゲームを毎回放送することはなかった。

  • 『裕木奈江のGE-MUの壷』 - 裕木奈江とゲームクリエイターのトークなど
  • 『爆笑問題のシリコン町内会』 - 『RPGツクール2』によるオリジナルRPGのイベント募集など。
  • 伊集院光の怪電波発信基地』 - 架空のゲーム企画を中心に過激なトークが展開された。
  • 『ゲーム虎の超大穴』 - NINTENDO64やゲームボーイの最新ゲーム情報を提供。

パーソナリティ番組を中心としたスーパーファミコンアワーの番組内では、リスナーをあえてプレイヤーと呼んだ。パーソナリティが番組に寄せられた投稿を読むときは「プレイヤーネーム」と前置きした上でラジオネームを紹介することが通例とされ、マガジン番組内ではP.Nと略記された。

番組内容の変遷

この項目では年度による放送内容の特徴と変化を紹介する。

1995年度

放送開始当初はスーパーファミコン市場が健在だったため、ゲームはオリジナル作品、体験版とも各メーカーから供給され、毎週新しい作品が追加された。ゲームの他には毎日ラジオパーソナリティが交代する『放課後の王様』など、一般のラジオ放送と同様にリスナーの投稿を読み、J-POPなどの音楽を流しながら進行する「パーソナリティ番組」、音楽情報や漫画を掲載した雑誌状の情報番組「マガジン番組」なども数多く供給された。パーソナリティ番組やサウンドリンクゲームの放送が行われた「音声連動番組」の時間帯は16:00から19:00に割り当てられた。

しかし1996年3月末、ゲーム情報番組『ゲーム虎の大穴』などで「新年度からは放送内容をゲーム中心に変更する」と方針転換が公表され、音声連動番組の目玉とされたパーソナリティ番組のほとんどが終了した。

1996年度

1996年度に入ると番組編成は日替わり編成から週替わり編成となった。番組はゲーム偏重の内容で占められ、放送時間の大半がこれらの再放送となった。

特にパーソナリティ番組は減少し、タレントによるゲームの話題を主とした番組が週3番組に、任天堂ゲーム機の新作情報を伝えるゲーム情報番組が週1番組のみとなった。サウンドリンクゲームは月単位のペースで1作品が4話供給され、夕方17:00からは旧作の再放送が、夕方18:00と深夜1:00からは新作の本放送が実施された。オリジナルゲームはすでに終了した番組のパーソナリティをキャラクターに起用した作品は再放送ができず、特定のゲームが繰り返し放送された。体験版はスーパーファミコン用ソフトの発売が減少したため、定期的な供給は行われなくなった。

この年度の8月からは新たに「ゲームベストセレクション」が開始され、10月からは旅やタウン情報など主にゲーム以外の情報を提供するマガジン番組が追加された。

1997年度

1997年度には音声連動番組が18:00からの2時間に短縮され、パーソナリティ番組はすべて終了した。しかし「マンスリーイベント」の開始や、1・2回で完結するゲームを多く放送するサウンドリンクゲームの路線変更、マガジン番組の更なる増加で番組編成のテコ入れが図られた。

1998年度

1998年度は音声連動番組が18:00からの1時間に短縮され、サウンドリンクゲームはサテラQを除き再放送のみとなった。新たなマガジン番組の供給は続けられたが、マンスリーイベントは終了し、イベントゲームの開催も不定期となった。秋から冬にかけて番組受信メニューはそれまでの街から、文字と画像のみで構成された単純なメニューの「サテラガイド」へ徐々に移行した。

1999年度・2000年度

セント・ギガ単独運営となった1999年度に入ると番組受信メニューはサテラガイドへ完全移行した。このメニュー内では季節の話題が文字情報で提供された。サウンドリンクゲームとマガジン番組は順次終了し、放送時間も徐々に短縮された。末期はオリジナルゲーム数本の再放送のみとなり、2000年6月に放送を終了した。

マスコットキャラクター

人工衛星およびテレビ受像機を擬人化し、正面に付いた画面に顔が表示されるサテ坊(サテぼう)と、パラボラアンテナを擬人化したパラ坊(パラぼう)がサテラビューおよびデータ放送のマスコットキャラクターだった。この2人はBS-Xのカセット内だけでなく、説明書やパンフレット、雑誌広告などの各種印刷物にも登場し、放送上で実施されたイベントゲームや懸賞などでは時計やボールペンなどのキャラクターグッズが景品として配布された。

データ放送終了後の各社・利用者動向

衛星デジタル音楽放送(SDAB)

テンプレート:Main SDABはパソコンなど他の受信端末を利用した新たなデータ放送の実施に向け、自局のホームページにおいて再度スポンサーを募った。サテラビューの実績や、BSアナログ放送とBSデジタル放送で同一の内容を放送するサイマル放送が実施できる利点を強調したが、参入希望者は現れず、BSアナログデータ放送は再開されなかった。

SDABは経営難から2001年に倒産し、2003年には株式会社ワイヤービーに吸収合併。しかしまもなく、ワイヤービーもWINJに事業を譲渡し破産した。このように他社に権利が移りながらもセント・ギガ時代からの番組は継続されたものの、最終的にはWINJも経営難に陥り、機材メンテナンス名目で2006年11月以降放送を休止し、2007年に事実上廃局した。

任天堂

任天堂はインターネットを利用したネットワークサービスとして、2000年にはNINTENDO64と専用磁気ディスクドライブ64DDによる「ランドネット」を、2001年にはゲームボーイカラーまたはゲームボーイアドバンス携帯電話モバイルアダプタGBで接続し端末とする「モバイルシステムGB」を展開したが、いずれも加入者は伸びず1~2年程度でサービスの提供を終了した。そして、NINTENDO64の後継機となるニンテンドーゲームキューブでは自ら外部ネットワークの接続サービスは実施しなかった。

その後発売した後継ゲーム機では無線LANによるインターネット接続機能を標準で備え、ニンテンドーDSではニンテンドーWi-Fiコネクションを、WiiではニンテンドーWi-Fiコネクション・WiiConnect24・ニュースや天気予報をはじめとした各Wiiチャンネルへの情報配信・バーチャルコンソールなどを実施した。

サテラビュー利用者

サテラビュー利用者は放送番組上で「サテラー」と呼ばれた。放送上で実施された各種投稿企画へ頻繁に参加したサテラー同士は各番組への投稿でお互いのペンネームは知っており、素性や本名は知らないものの共に放送を体験した仲間や親近感などの感情を持っていた。彼らサテラーの一部はインターネット上において交流を図り、オフラインミーティングを実施する、受信カセットに用意された「名前を盗まれた街」で展開された物語やキャラクターを題材とした二次創作物を公開する、電子掲示板で当時を懐かしむなどの活動を行った。

参考文献

テンプレート:脚注ヘルプ

  1. テンプレート:Cite journal
  2. テンプレート:Cite journal
  3. PC Watch 「任天堂、野村総合研究所、マイクロソフトが新しい情報サービス事業で提携Impress Watch、1996年6月26日。
  4. 「マイクロソフト 任天堂 来年半ばにも提供 衛星情報会社を発表」『日本経済新聞』1996年6月27日付朝刊、第13版、第11面。
  5. 「任天堂 衛星放送白紙に マイクロソフトと計画」『日本経済新聞』1997年12月23日付朝刊、第14版、第11面。
  6. 任天堂・京セラが核になってBS4後発機のデジタル化を機会に衛星放送ビジネスに参入」任天堂・京セラ、1998年1月27日。
  7. BS4後発機による衛星放送ビジネス参入見送り」 任天堂、1998年8月21日。
  8. 8.0 8.1 テンプレート:Cite journal
  9. 特開平08-265280「データ放送受信装置およびそれに用いられるデコード装置」

注釈

  1. 放送開始時はBS第3チャンネル。
  2. 1997年夏には放送衛星の切り替えに伴いコールサインがJO23-BS-TDM1に変更された。
  3. 当初は16時-19時までのラジオ音声とデータ放送の連動時間帯を「スーパーファミコンアワー」と呼んだが、後にデータ放送全体の名称とされた。
  4. 1997年夏の放送衛星切り替えまでは人工衛星の食のため深夜放送を休止し、昼12時から深夜0時30分までの放送となる時期があった。
  5. Bモードの場合48kHz16bitのPCM音声2チャンネルとなり、音声の容量が大きくなるため付随しているデータ部の転送速度も下がる。
  6. 基板バージョンによってはLSIが異なる場合がある。

関連項目

放送に関する項目
テレビゲームに関する項目
  • ニンテンドウパワー - フラッシュメモリ搭載カセットを利用したゲームソフト販売サービス。
  • メガモデム - メガドライブ専用モデム。電話回線によるゲーム配信サービス「ゲーム図書館」が実施された。
  • セガチャンネル - メガドライブとケーブルテレビを利用したゲーム配信サービス。
  • ドリームライブラリ - ドリームキャストとインターネットを利用したゲーム配信サービス。

外部リンク

テンプレート:家庭用ゲーム機/任天堂 テンプレート:任天堂de:Zubehör zum Super Nintendo Entertainment System#Satellaview (BS-X) ru:Super Nintendo Entertainment System#Satellaview