サザンオールスターズ

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テンプレート:Infobox Musician サザンオールスターズSouthern All Stars)は、日本バンド。所属芸能事務所アミューズ。所属レコード会社SPEEDSTAR RECORDSTAISHITAレーベル)。略称は「サザン」。「SAS」と略記されることもある。公式ファンクラブは「サザンオールスターズ応援団」。

概要

桑田佳祐青山学院大学の学生により1974年頃から断続的に活動が始まり、1978年にデビュー。主な代表曲は、1970年代では「勝手にシンドバッド」「いとしのエリー」、1980年代では「チャコの海岸物語」「ミス・ブランニュー・デイ」、1990年代になると「涙のキッス」「エロティカ・セブン」「あなただけを 〜‎Summer Heartbreak〜‎」「愛の言霊 〜Spiritual Message‎」の4作品がミリオンセラーを記録。2000年代には「TSUNAMI」がシングルCD売上歴代1位の大ヒットを記録。「涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜」や「I AM YOUR SINGER」などもヒットした。2010年代では、「ピースとハイライト」がオリコンウィークリーチャートで1位獲得のため、1980年代から2010年代まで4つの年代でチャート1位という記録を持ち、幅広い世代に支持されているロックバンド。 大半の曲はバンドリーダーである桑田が作詞・作曲・歌唱を担当しているが、他メンバーが作詞・作曲・歌唱をしている曲も存在する。なお、編曲に関しては一部の楽曲を除き、サザンオールスターズ名義となっている。

連名は基本的に桑田、大森、関口、松田、原、野沢の順で統一されており、大森独立後は桑田、関口、松田、原、野沢の順になっている。1995年の活動再開迄は桑田、大森、原、関口、松田、野沢の順での連名が大半だった。

メンバー

プロフィール 愛称 担当 備考
桑田佳祐(リーダー)
(くわた けいすけ)
テンプレート:生年月日と年齢A型神奈川県茅ヶ崎市出身 すけちゃん、ケイちゃん、桑っちょ ボーカルギター バンドのリーダー
関口和之
(せきぐち かずゆき)
テンプレート:生年月日と年齢、血液型O型、新潟県阿賀野市出身 ムクちゃん ベースコーラス、ボーカル。
松田弘
(まつだ ひろし)
テンプレート:生年月日と年齢 血液型O型 宮崎県宮崎市出身 ヒロシ、ヒロシくん ドラムス、コーラス、ボーカル。
原由子
(はら ゆうこ)
テンプレート:生年月日と年齢B型神奈川県横浜市出身 原坊 キーボード、コーラス、ボーカル。
野沢秀行
(のざわ ひでゆき)
テンプレート:生年月日と年齢、血液型A型、東京都出身 毛ガニ パーカッション、コーラス。 メンバーで唯一リードボーカルを務めた経験がない。
旧メンバー
プロフィール 愛称 担当 備考
大森隆志
(おおもり たかし)
テンプレート:生年月日と年齢、血液型A型 岡山県岡山市出身 ター坊 リードギター、コーラス、ボーカル。 2001年8月7日付けで独立


経歴

各メンバーのソロ活動については個々のページ参照。

結成までの推移とアマチュア時代

1974年青山学院大学に入学した桑田佳祐関口和之は、音楽サークルAFT(青山フォークサークルたびだち)で知り合い意気投合。同年夏にAFTのメンバーらとロックバンド「温泉あんまももひきバンド」を結成する。

翌1975年に、青山学院大学に大森隆志原由子が入学し、同じくAFTに入部。「温泉あんまももひきバンド」を知った原は桑田を危険人物だと思い、他のAFTメンバーらとフォークグループを組んでいた。初夏に「温泉あんまももひきバンド」は「ピストン桑田とシリンダーズ」と改名、この頃から大森は桑田に興味を持つようになり、バンドの練習現場にしばしば現れるようになったという。

同年AFTの夏合宿の際にロック派とフォーク派が対立し、AFTは分裂する。桑田らロック派はBetter Daysを立ち上げるが、同年秋に「ピストン桑田とシリンダーズ」が解散する。まもなく一度はフォーク派に行った原がBetter Daysに移り、同年10月に桑田と原はバンドを結成する。このバンドは「青学ドミノス」「脳卒中」「桑田佳祐とヒッチコック劇場等とメンバー構成が変わるたびに名前を変えていた。

なお、この時期の一部の活動は、桑田が宮治淳一[1]らとともに地元で立ち上げた「湘南ロックンロールセンター」というサークルが企画したコンサートで行われていた。「青学ドミノス」のライブもここで行われていたという。

1976年になり、桑田の望んでいたパーマネントに近いメンバーが揃うが、この時桑田は新しいバンド名を思い付けずにいた。宮治は桑田に新バンド名を早く決めてくれと催促していたが、結局バンド名が決まらない状態のまま、4月11日のコンサートのポスター製作が進行。結局宮治がバンド名を決める事態に陥った。宮治はニール・ヤングの『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』をBGMにポスターを製作。一息入れるために風呂でラジオを聴いていた際にファニア・オールスターズの来日コンサートの宣伝が流れ、風呂から上がった際につけっぱなしのレコードからニール・ヤングの「サザン・マン」が流れていて、これを組み合わせた際の響きが良い事から、「サザンオールスターズ」という名前を考え出し、バンド名を「桑田佳祐&サザンオールスターズ」とした。宮治によるとこのバンド名を桑田本人に伝えたのはライブ当日だという[2]

桑田が望んでいたパーマネントな「桑田佳祐&サザンオールスターズ」は長く続かず、メンバーが頻繁に入れ替わる事態に陥る。後の音楽評論家萩原健太がギタリストとして参加していた時期もあったが、翌1977年初頭に一旦活動を停止する。しかし、大森が桑田のバンドの復活をもくろみ、昔のバンド仲間で大森を慕い上京していた松田弘を桑田に紹介したり、バイト先で知り合ったセミプロの野沢秀行をバンドに加入させようとする(ただし、野沢はパーマネントなバンドでないと参加しないとして断った)など暗躍。

1977年3月に「サザンオールスターズ」として再編された。この時のメンバーは桑田、大森、原、松田、天野和平(後にトランザム)。なお、原の著書によれば、この頃に一度だけ「パロディハウス」という名前に変えようとしたが、「ダサい」との理由で即サザンオールスターズに戻したという。新生サザンは「ヤマハEastWest '77」に参加するが、予選のテープ審査の時期に天野が脱退し、入れ替わりで関口が加入。本選では入賞を果たし、桑田がベストボーカル賞を獲得した。この直後に野沢が大森の勧誘を受ける形でなしくずし的に加入。突然の加入に関しては他のメンバーから異論もあり、「欠席裁判」が行われたという[3]

レコード会社は早々にビクターに決まったものの、事務所がなかなか決まらなかった。ビクターのディレクターの高垣健が「女呼んでブギ」のカセット(前述のEastWest '77で披露した曲であり、当時の代表曲的存在)を持って事務所を周りをしていた際、当時新興事務所のアミューズの社長大里洋吉が興味を持ち、サザンの練習スタジオを訪問する。この際にサザンが「勝手にシンドバッド」を披露し、大里が「この男をテレビに出したら面白い」と考えたことから契約が決まる。アミューズは原田真二の個人事務所的存在として1977年に設立された会社だったが、大里が解散直前のキャンディーズのプロデュースに専念し事務所の仕事から離れていた時期に、ロック志向を強めていた原田がテレビ的な売り出し方を嫌うようになり、大里が事務所の仕事に復帰した直後に移籍してしまったという。サザンとの出会いはこの事件の2週間後 であり、もし原田が移籍してなかったらサザンオールスターズをやる余裕はなかったという[4]

デビューにむけて着々と準備が進めている中、メンバー全員が他のレコード会社の契約書にサインしてしまうという事件があったが、ビクター関係者が出向いて話を収めた。この時期はまだ学生バンドの思い出作り的な意識があったという[5]

デビュー初期

1978年6月25日シングル勝手にシンドバッド」でビクター音楽産業(現・JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)からデビュー。桑田の独特のボーカルや歌詞、ロックバンドのデビュー作なのにサンバという変化球という事も災いし、発売当初は売り上げは低迷した(チャート100位にも入らなかった)。

同年7月末に『夜のヒットスタジオ』に初出演するが、その際には邦楽ミュージシャンにも関わらず歌詞テロップが表示される対応がとられた[6]。なお、メンバーがジョギングシャツ+ジョギングパンツスタイルという当時のミュージシャンには珍しく非常にラフな格好をしていた(前述の「温泉あんまももひきバンド」結成の際も桑田がそういう恰好をしていた事でバンド名が決められたという経緯がある。桑田によると安売りしていたからなんとなく着ただけであるとのこと[7])。

同年8月にコミックバンドのザ・ハンダースが「思い出の渚」でレコードデビューしたのを受けて、事務所はコミックバンド的な路線を取る。8月末にサザンは人気音楽番組『ザ・ベストテンのスポットライトのコーナーで初出演(新宿ロフトから中継)。この際に桑田の「目立ちたがり屋の芸人です」発言[8][9](この発言はのちに「台本によるもの」と明かしている[10])が飛び出し、この発言で初期サザンの色が決定づけられることになった。青学の後輩やあいざき進也ファンクラブのメンバー[11]を集めてどんちゃん騒ぎの中で「勝手にシンドバッド」を熱唱して一躍注目を集める。「勝手にシンドバッド」は徐々にチャートが上がり売り上げを伸ばしていった。同年11月9日に「勝手にシンドバッド」が『ザ・ベストテン』10位にランキングされスタジオに登場。同番組のセットでは鏡張りの回転扉の向こうから歌手やバンドのメンバーが登場していたが、彼らが登場する際にはなぜか扉がアルミ箔に変えられており、メンバー一同は桑田を先頭にアルミ箔を蹴破って登場するというものだった。この時期、いかりや長介が桑田を気に入り、ドリフターズへの加入を打診してきたという。桑田は話を聞くだけならタダと思い会うだけは会ったという[12]

1979年3月25日、3rdシングル「いとしのエリー」、同年4月5日、2ndアルバム『10ナンバーズ・からっと』を発表し、それまでコミカルなイメージが先行していたサザンだったが一転「本格派の曲も出来る」事を示した。特に「いとしのエリー」は、徐々にヒットしロングセラー化。1979年を代表する曲となった。なお、同アルバムのレコーディングの際は多忙のために桑田がノイローゼ寸前までなり、音楽番組で「ノイローゼ!」と叫ぶなどして話題になっていた。

1980年には「テレビなどに一切出ず、楽曲製作やレコーディングに集中する」「5ヶ月の中で毎月1枚ずつシングルを出す」FIVE ROCK SHOWと銘打った計画を開始[13]。しかし、メディアへの露出が大幅に減ったのが影響し「ヒット」と呼ぶには至らず、アルバムは売れるのにシングルは売れない状況に陥る。FIVE ROCK SHOW終了後再びテレビ番組に出演するようになったが、この傾向は変わらず、1981年発売の12thシングル「Big Star Blues (ビッグスターの悲劇)」はサザン史上シングル中ワーストの売り上げを記録している[14]

1982年に「チャコの海岸物語」がヒットし、以降順調にバンド活動を進める。1985年には佐野元春から声がかかり「国際青年年記念 ALL TOGETHER NOW」にも出演した。同年サザンとしては初の2枚組オリジナルアルバム『KAMAKURA』を発売した。同製作時期に原が産休に入り、サザンとしての活動もひとつの頂点に達してしまったため一旦活動を休止。桑田はKUWATA BANDとしての活動の後個人ソロを開始し、他のメンバーもそれぞれソロ活動に入った。

活動再開 - 小林武史とのコラボ

1988年6月25日、デビュー10周年の記念となる日に24thシングル「みんなのうた」を発売し、サザンとしての活動を本格的に再開した。加えてこのシングルから小林武史アレンジプロデュース業を共に行うようになっている。前年に桑田はソロ活動で小林と共同プロデュースを行い、非常に完成度の高いアルバムを作っていた。「このアルバムのシェフは小林君、自分は素材として気持ちよく仕事ができた」と語っており[15]、その流れでサザン本体にも合流したものとされる。また、KUWATA BANDのアルバム『NIPPON NO ROCK BAND』で作詞を手掛けたTommy Snyderもサザンに合流した。

この時期から楽曲製作に関して「桑田(+アレンジャー)+スタジオ・ミュージシャン+プログラマーマニピュレーター+レコーディングエンジニア」という図式が見られるようになり[16]、桑田以外のメンバーが干渉する割合が減ったと言われている。小林と桑田はさらに原由子の2枚組ソロアルバム『MOTHER』のプロデュースも担当し、桑田はソロライブで「彼が嫌だと言っても、これからのサザン関係巻き込んでいきます!」と小林を絶賛していた[17]

1991年には関口が病気療養で休養に入るが、1992年7月21日に30thシングル「シュラバ★ラ★バンバ」、31stシングル「涙のキッス」を2枚同時発売し、サザン、そしてオリコン初のシングルチャート初登場1,2フィニッシュを果たした。「涙のキッス」はTBSドラマずっとあなたが好きだった」の主題歌に起用され大ヒット、サザンでは最高記録となる7週連続オリコン首位を獲得するなどサザン初のシングルでのミリオンセラーを突破した[18]

1993年には32ndシングル「エロティカ・セブン」がフジテレビ系ドラマ「悪魔のKISS」の主題歌に起用され再びミリオンを超える大ヒットを記録[19]。そんな中1994年には桑田がソロ活動を再開し、サザンの活動は約1年間休止となった。

セルフアレンジ時代へ

小林武史がアルバム『世に万葉の花が咲くなり』、34thシングル「クリスマス・ラブ (涙のあとには白い雪が降る)」を最後にサザン(桑田ソロ含め)との共同作業から離れる。このはっきりした理由はファンに明らかにされてはいないが、桑田は「(小林は)危ないヤツと分かった」という風に語っており[20]蜜月の終わりを示唆している。この「危ないヤツ」という表現は人間性を否定しているものではなくアレンジャーやミュージシャンとしての才能を存分に評価し、バンドであるはずのサザンのメンバーを差し置いて小林に頼りすぎてしまうという意味で発言したものである[20]。その後この小林との縁で桑田佳祐&Mr.Children名義でのチャリティー活動や、小林と桜井和寿(Mr.Children)が中心となって活動するap bank fesへの出演など作品面以外での交友が続いている。

1995年に関口が長期の休養から復帰し、5月22日に35thシングル「マンピーのG★SPOT」で活動を再開。これ以降プロデュース名義は主にサザンオールスターズと表記されるようになった。直後に発売された36thシングル「あなただけを 〜‎Summer Heartbreak〜‎」はフジテレビの「月9」枠ドラマいつかまた逢える」の主題歌として起用されミリオンセラーとなる。次の37thシングル「愛の言霊 〜‎Spiritual Message」でもミリオンセラーとなり、アルバム『Young Love』は過去最高のアルバム売り上げを記録した。

しかし1997年あたりからサザンのイメージである「夏」「爽やか」などの売れ線系路線の曲とは程遠いハードロックプログレなどを意識した曲を多くリリースし、同年の年越しライブではマニアックな楽曲が中心となり、ライトファン離れが急激に加速していった。1998年にはベスト・アルバムリリースブームの中、ベスト・アルバム『海のYeah!!』を発売し、大ヒットを記録した。しかしほぼ同時に発売したオリジナルアルバム『さくら』は暗い作風や上記のハードロック、プログレなどを意識した作品であったため、過去のアルバム3作連続で記録したミリオンを僅かに下回る結果となった。1999年には初のドームツアーを行い人気の健在振りを示したが、43rdシングル「イエローマン 〜‎星の王子様〜‎」は累計で10万枚を(オリジナル盤)下回る結果となった。

「TSUNAMI」記録的ヒット、大森の独立

1999年9月26日27日、ファンクラブシークレットライブ「'99 SAS事件簿 in 歌舞伎町」を行う。桑田曰く「ファンの空気に触れて刺激を受けた」とのことで、その当時レコーディングしていた曲(桑田ソロ「可愛いミーナ」の元曲など)も方向性がガラッと変わり明るくなったという。翌2000年1月26日に44thシングル「TSUNAMI」を発売。この曲は前述のイベントから生まれた曲であり「売れるものを作った」などと桑田自身も語っている。以降サザンはある程度保守的な方向性へとシフトチェンジしていく。

サザンのシングルでは久々となった切ないラブバラードのこの曲は、当時大人気だったTBS系バラエティ番組ウンナンのホントコ!』のコーナー『未来日記III』のテーマソングとなり大ヒットした(再発盤のシングルも含め293万枚を売り上げ、オリコン歴代シングルランキングで3位に、シングルCDとしては現在1位にランクインされている)。かねて何度も逃した日本レコード大賞もこの年に獲得した。今作を機にサザンは長らく続いたセールス低迷から脱け出し、続く45thシングル「HOTEL PACIFIC」もヒットし、夏には桑田の地元である神奈川県茅ヶ崎市の地元住民の署名運動の結果、2日間の野外ライブ『茅ヶ崎ライブ ~あなただけの茅ヶ崎~』を行った。

46thシングル「この青い空、みどり 〜BLUE IN GREEN〜」とベストアルバム『バラッド3 〜the album of LOVE〜』が発売された直後に大森が休養を発表し、翌2001年には正式に独立を発表しメンバーから脱退した。その前後から桑田らは再びソロ活動を開始。桑田はシングル「波乗りジョニー」「白い恋人達」がそれぞれミリオンセラーを達成した。

25周年での活動再開、『KAMAKURA』以来の2枚組オリジナルアルバム発表

2003年6月25日にデビューから25周年を迎え、それを記念してデビューシングルの復刻盤CD「勝手にシンドバッド 胸さわぎのスペシャルボックス」をリリース。同作は1週間で約22万枚を売り上げ発売から25年のブランクを置いてオリコンウィークリーチャートで1位を記録。また同日にFMラジオ局のいくつかが24時間サザン特集を実施するなど幅広い人気を見せつけている。

7月23日、47thシングル「涙の海で抱かれたい 〜‎SEA OF LOVE〜‎」をリリースし活動再開するとともに、5人での活動が本格的に始まる。直後には大規模な野外・スタジアムツアーを行い復活をアピールした。2005年には『KAMAKURA』以来の2枚組オリジナルアルバム『キラーストリート』を発売、2006年にはTHE 夢人島Fes.を開催しサザンオールスターズとしてもプロモーションのため精力的に活動したが、2007年4月には桑田佳祐のソロ活動再開に伴い再び休止することとなった。

30周年、そしてバンド活動無期限休止

2008年、30周年に伴う53rdシングル「I AM YOUR SINGER」の発売やライブなどの活動・プロモーションの発表と同時に、2009年以降メンバー個々の自由な発想による音楽活動を展開するべくサザンオールスターズとしての活動を無期限休止にすることも発表した(2006年のTHE 夢人島 Fes.を最後に実質的にサザンとしての活動は行われていなかったものの、この間を活動休止期間と定めていない)。期限を設けない活動休止は、原の出産・KUWATA BANDの活動などがあった1985年 - 1986年(活動休止は1988年夏まで)以来2回目のことである。

この活動休止については、発表の当日にNHKの『おはよう日本』がこの活動休止についてを報じた他、民放各局で、報道や特集が大々的になされた。桑田自身は『活動休止の理由はより新しいものをつくるための充電期間』としている。また、『(キラーストリートで)現状でのサザンでできることの今のところほぼすべてをやりつくした』『今のままでも活動を続けようと思えばできるが、それではサザンという看板にぶらさがっているだけで、甘えているだけになってしまう』とも語り、『(サザンの)解散は絶対にない』と断言している[21]

35周年での活動再開

2013年6月25日、デビュー35周年を迎えることを機として活動再開を発表。同年8月7日に54thシングル「ピースとハイライト」をリリースし、8月10日から全国コンサート・ツアーを開始することとなった[22]

今回の活動再開に際して、桑田佳祐が以下のコメントを発表した。 テンプレート:Quotation また、活動再開と同時にYouTubeにサザンオールスターズ公式チャンネルが開設され、スポットビデオや一部の曲のミュージックビデオが公開されている(ただし、ミュージックビデオは大森脱退後の作品のみであり、ショートバージョンでの公開となっている)[23]

なお、桑田は5年後の2018年にサザン復活を考えていたようであるが、2010年に自らが食道がんを発症したことでその心境を変えたと週刊誌で報じられている[24]が、桑田本人は否定しており、「『とある音楽関係者』とわざとらしく書いてある記事の大半は嘘」とも述べている[25]

年表

1970年代

1980年代

1990年代

  • 1990年
  • 1991年
    • 第5回日本ゴールドディスク大賞・ベスト5アーティスト賞受賞。更にサザンオールスターズ&オールスターズ名義で発売したサウンドトラック『稲村ジェーン』でロック・フォーク部門(男性)アルバム賞受賞。
    • 7月10日、29thシングル「ネオ・ブラボー!!」発売。
    • 8月14日、東名阪の野外スタジアムツアー『THE音楽祭 1991』スタート。ライブは新旧の曲をこれまで以上に多彩なアレンジで聴かせ、全35曲に及ぶ長丁場であった。この時期から関口が体調不良による休養でサザンの活動から一時離れる。
    • 12月29日 - 31日、年越しライブ『闘魂! ブラディ・ファイト年越しライブ』開催。年越しライブと題されたものとしてはこの時が初めてで、更にこの年から大晦日だけでなく数日間の公演が開催されている。ロックとプロレスとの融合がテーマでリングアナの紹介によるプロレスラー風のメンバー登場、辻よしなり山本小鉄による実況解説、馳浩蝶野正洋新日本プロレスによるライブ乱入など正にプロレスを思わせる演出であった。尚このライブはTBS系での放送にもかかわらず当時テレビ朝日アナウンサーであった辻が抜擢され、同局の「ワールド・プロレスリング」を思わせる演出であった事に辻は、TBSの懐の深さと出演の為に声をかけてくれた桑田に感謝したと述べている。また中盤にはサザンとビートルズの合体メドレーコーナーも設けられた。
    • 12月31日第42回NHK紅白歌合戦に原がソロ出場。出場が決まった時点ではシングル曲「じんじん」を唄うと発表されていたが、シングル曲以上に知名度が高い「花咲く旅路」が選曲され、原は着物姿でグランドピアノを弾きながら唄った。同日はサザンの年越しライブもあった為、原は短時間での会場間の大移動であった。
  • 1992年
  • 1993年
    • 第7回日本ゴールドディスク大賞・ベスト5アーティスト賞受賞。更に『涙のキッス』でベスト5・シングル賞を受賞。
    • 3月27日、ライブビデオ『歌う日本シリーズ 1992〜1993 LIVE at YOKOHAMA ARENA 29th Dec.1992』発売。1982年に発売された『武道館コンサート』は一部抜粋のみの編集だった為、サザンとしては初めてほぼ全編を収録したライブビデオとなった。
    • 7月21日、32ndシングル「エロティカ・セブン」、33rdシングル「素敵なバーディー (NO NO BIRDY)」を同時発売。「エロティカ・セブン」がフジテレビ系ドラマ『悪魔のKISS』の主題歌に起用され、シングルでは自己最高の売上(当時)を記録する。
    • 9月8日Z団名義でサザンの曲をリミックスしたアルバム(オリコンなどではシングル扱い)『江ノ島 ‎Southern All Stars Golden Hits Medley』を発売。
    • 11月20日、34thシングル「クリスマス・ラブ (涙のあとには白い雪が降る)」発売。
    • 12月11日、年末ライブ『しじみのお味噌汁』スタート。会場は横浜アリーナのみで31日のカウントダウンまで全12公演の予定であったが、中盤の4公演が松田の体調不良の為年明けの1月2日 - 5日に順延となった。中盤ではのメドレーコーナーもあり、従来のサザンのライブでは原は1曲だけボーカル曲を歌っていたが、このライブでは5曲披露。特にラストのソロ曲「じんじん」ではステージフロントに踊り出てハンドマイクで唄った。
  • 1994年
    • Z団名義で発売した『江ノ島 Southern All Stars Golden Hits Medley』で第8回日本ゴールドディスク大賞・アルバム賞/企画部門を受賞。
    • 2度目の活動休止期間に入り、桑田のみがソロ活動を行う。
    • 12月のAAAにサザンとして出演。休養中だった関口も登場し久々に6人揃った姿をファンに見せた。
  • 1995年
    • 5月22日、35thシングル「マンピーのG★SPOT」発売と同時に本格的に活動再開。バンドから長期離脱していた関口が正式に復帰する。
    • 6月24日、ベスト・アルバム『HAPPY!』発売。完全予約限定生産の作品で、70万セットが即日完売した。
    • 7月17日、36thシングル「あなただけを 〜‎Summer Heartbreak〜」発売。シングルでは3作目のミリオンセラーとなる。
    • 8月56日、サザン復活を記念する野外イベント『スーパーライブ in 横浜 ホタル・カリフォルニア』横浜みなとみらいにて開催。 企画の段階では富士山の麓で行う案もあったという。タイトルはイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」を捩ったもの。このライブにおける1公演での観客動員数8万人は、現在でもサザンのライブ1公演最高動員数記録である。ゲストとして西城秀樹鬼太鼓座が登場。
    • 12月2日、ライブビデオ『ホタル・カリフォルニア (HOTARU CALIFORNIA)』発売。
  • 1996年
  • 1997年
    • 3月5日、ビデオ『平和の琉歌 〜Stadium Tour 1996 "ザ・ガールズ万座ビーチ" in 沖縄〜』発売。「平和の琉歌」のPV、ライブツアーのドキュメント、ボーナストラックとして前年末の年越しライブで唄われた「平和の牛歌」が収録された。
    • 8月21日、39thシングル「01MESSENGER 〜‎電子狂の詩〜」発売。
    • CS特番『01 MESSEAGE』放送。のちに『さくら』に収録される新曲の初披露やインタビュー、ビクターのビル屋上でのライブなどがオンエアされた。インターネットによる同時放映も試みられ、当時のアクセス記録数を更新。
    • 11月6日、40thシングル「BLUE HEAVEN」発売。
    • 12月27日 - 31日、年越しライブ『おっぱいなんてプー』開催。この年から単独の年越しライブ公演は12月27日28日30日31日の全4日公演が定着した。また、アンコールで新曲「LOVE AFFAIR 〜‎秘密のデート〜」が初披露されPV撮影も同時に行われた。
  • 1998年
  • 1999年

2000年代

  • 2000年
    • 1月26日、44thシングル「TSUNAMI」発売。シングルでは自己最高セールスを記録し、サザン最大のヒット曲に。
    • 「TSUNAMI」で第14回日本ゴールドディスク大賞でソング・オブ・ザ・イヤー受賞。
    • 2月26日、ライブビデオ『シークレットライブ'99 SAS 事件簿 in 歌舞伎町』発売。
    • 7月19日、45thシングル「HOTEL PACIFIC」発売。
    • 8月1920日、地元住民の署名活動が実り1981年のツアー以来19年ぶりに茅ヶ崎の茅ヶ崎公園野球場で2日間のコンサート茅ヶ崎ライブ 〜‎あなただけの茅ヶ崎〜‎』を行う。18日にはファンクラブ会員と地元市民を客席に招き公開ゲネプロ(本番同様のリハーサル)も行い、実質3公演とも言えるライブであった。なお、このライブ直後に大森がサザンとしての活動を休止する発表をしたためこれが6人編成での最後のライブとなった。
    • 11月1日、46thシングル「この青い空、みどり ‎〜BLUE IN GREEN〜‎‎」発売。
    • 11月22日、13年ぶりのバラッド第3弾『バラッド3 〜‎the album of LOVE〜』発売。アルバムでは自身最高の初動売上を記録。
    • 11月30日、「TSUNAMI」で2000年度オリコン年間シングルセールスチャート第1位を記録。同カラオケチャートでも年間1位を記録した。
    • 更に「TSUNAMI」が2000年CDTV年間シングルチャート第1位を記録。
    • 12月27日、年越しライブ『ゴン太くんのつどい』開催。大森の穴を埋めるためのサポートギタリストとして斎藤誠が参加し、これが事実上5人編成での最初のライブとなった。
    • 12月31日、「TSUNAMI」で第42回日本レコード大賞を初受賞。年越しライブの準備中横浜アリーナから受賞会場に駆けつけ『ようやくひばりさんの背中が見えました』とのコメントを残す。直後に再び横浜アリーナに向かい年越しライブを行う。
  • 2001年
  • 2002年
    • サザンオールスターズとしての活動なし。桑田や関口は精力的にソロ活動をこなす。
  • 2003年
    • 6月25日、デビュー25周年を記念し、25万セット限定でデビューシングル「勝手にシンドバッド」を特例の再発。翌週にはオリコンチャートで発売から25年経過してのオリコン1位獲得という記録を樹立。
    • 6月28日、ファンクラブ限定ライブ『建長寺ライブ』開催。この模様はフジテレビ系『FNS27時間テレビ みんなのうた』内の『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜』の企画として放送された。
    • 7月23日、47thシングル「涙の海で抱かれたい 〜‎SEA OF LOVE〜‎」発売。本格的に活動を再開する。
    • 野沢が持病のヘルニアのためサザンとしての活動を休止。
    • 8月16日、25周年野外ライブツアー『流石(SASが)だ真夏ツアー! あっっ!生。だが、SAS! 〜カーニバル出るバニーか!?〜』スタート。タイトルは桑田のラジオ番組で回文を募集し、つけられたものである。定番曲に加え、それまでライブで唄われる事が少なかった初期の曲もメドレーで演奏された。札幌福岡でのファンクラブ限定ライブハウス公演と横浜名古屋神戸での本公演の他、特別公演として沖縄でも開かれた。
    • 8月30日、初のイメージビデオ『Inside Outside U・M・I』発売。サザンの夏をイメージした楽曲をBGMに、海の映像などを収録したイメージビデオになっている。
    • 11月30日HMVが発表した『邦楽アーティストの重要な100人 (Top 100 Japanese pops Artists - No.1)』の第1位に選ばれる。なお、桑田個人としても同チャートの12位に選出された。
    • 12月17日、ライブビデオ『SUMMER LIVE 2003「流石だスペシャルボックス」胸いっぱいの "LIVE in 沖縄" & 愛と情熱の "真夏ツアー完全版"』発売。1万円を越す高額商品にも拘らず、オリコンDVDチャートで1位を獲得し、セールスも10万枚を超える大ヒットとなった。
  • 2004年
    • 「涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜」が第18回日本ゴールドディスク大賞・ソング・オブ・ザ・イヤー受賞。
    • 4月14日、48thシングル「彩 〜‎Aja〜‎」発売。
    • 7月18日、ファンクラブ限定ライブ『真夏の夜の生ライブ 海の日スペシャル』開催。同日深夜に『サザンオールスターズ 真夏の夜の生ライブ 〜海の日スペシャル〜』と題しフジテレビがこのライブを生中継。
    • 7月21日、49thシングル「君こそスターだ/夢に消えたジュリア」発売。オリコン初登場1位を獲得してシングル通算TOP10入り記録が39となり、田原俊彦とタイ記録となる。
    • 11月24日、50thシングル「愛と欲望の日々」発売。前作に続いてオリコン初登場1位を獲得しチャートトップ10入り通算40作を達成。自らの持つ39作の記録を更新し同記録の単独トップとなる。
    • 12月15日、初のPV集『ベストヒットUSAS (Ultra Southern All Stars)』発売。
    • 12月27日、年越しライブ『暮れのサナカ』開催。タイトルの元ネタは当時、日本でも人気を得ていた韓国のテレビドラマ『冬のソナタ』で、前年に続き桑田のラジオ番組で公募された。中盤では「横浜探偵物語」と題しスクリーンでの『探偵物語』のパロディーコントに合わせ、横浜に因んだサザンの楽曲と青江三奈淡谷のり子いしだあゆみ中村雅俊等の横浜ソングのメドレーコーナーも設けられた。
  • 2005年
    • 「君こそスターだ/夢に消えたジュリア」で第19回日本ゴールドディスク大賞・ソング・オブ・ザ・イヤー受賞。更にDVD『ベストヒットUSAS (Ultra Southern All Stars)』でミュージック・ビデオ・オブ・ザ・イヤーを受賞。
    • 3月31日、「愛と欲望の日々」でSPACE SHOWER Music Video Awards 05・BEST ART DIRECTION VIDEOを受賞。
    • 6月25日、「TSUNAMI」までのシングル作品44枚を再リリースし24日付のオリコンデイリーチャートTOP50内に44作品全てがランクイン。また、翌週のウィークリーチャートでもTOP100内に44作同時ランクインし、同一アーティストの作品の同時ランクイン数を塗り変えた(それまでの記録は松任谷由実の16作、3位(14作)、4位(12作)は共にサザン)。更に「TSUNAMI」は「だんご3兄弟」を抜いてオリコンシングルセールス歴代3位(293万枚・CDシングルとしては単独1位)となった。
    • 野沢がヘルニアのためサザンとしての活動を再度休止。
    • 7月20日、51stシングル「BOHBO No.5/神の島遥か国」発売。
    • 8月7日国営ひたち海浜公園で行われた「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2005」にバンドとしては初出演。3日間にわたるフェスの最終日、メインステージの最後を飾った。この模様は後日NHK『SOUTHERN ALL STARS SUMMER 2005 BOHBOと燃える夏』内で放送された。
    • 10月5日、14th[27]アルバム『キラーストリート』発売。
    • 10月13日、6年ぶりの全国ツアー『みんなが好きです!』が広島からスタートし、12月31日に横浜アリーナでの恒例年越し公演まで5大ドームツアーを含めた全21公演を行う。
  • 2006年
    • 『キラーストリート』で第20回日本ゴールドディスク大賞・ロック&ポップ・アルバム・オブ・ザ・イヤー受賞。
    • 3月15日、サザンとしては初のドキュメントビデオを含めたライブDVD『FILM KILLER STREET (Director's Cut) & LIVE at TOKYO DOME』を発売。
    • 8月9日、52ndシングル「DIRTY OLD MAN 〜‎さらば夏よ〜‎」発売。オリコン初登場1位を獲得、2週目にも2位を記録してシングル通算TOP10入り週数が240週となり、山口百恵を抜き歴代単独1位となる。
    • 8月2627日、桑田の呼びかけでサザンオールスターズを中心にアミューズの人気アーティストや、桑田と親交の深いアーティストがゲストとして挙って出演した野外フェスティバル『THE 夢人島 Fes.2006』を行う。サザン及び桑田が主催するフェスティバルの開催は初。
  • 2007年
    • 1月、ビクターエンタテインメントとアミューズがサザンの楽曲管理・配信などを行う合弁会社「タイシタレーベルミュージック」を設立[28]
    • 4月、桑田のソロ活動決定が発表され、再びバンドでの活動が休止。
  • 2008年
    • 5月19日、デビュー30周年を迎えるにあたり、作品リリースやライブ開催など活動再開に関わる報告と同時に、翌2009年以降無期限でのバンド活動休止が発表された。
    • 6月24日8月に行われる『真夏の大感謝祭』の演奏曲リクエスト投票(リクエスト結果については後述)、オリジナル壁紙、サザンケータイの発売などを発表。
    • 8月6日、53rdシングル「I AM YOUR SINGER」発売。
    • 8月1617日2324日、約2年半ぶりとなる単独コンサート「サザンオールスターズ 『真夏の大感謝祭』 30周年記念LIVE」を横浜市日産スタジアムにて開催。大雨に見舞われた最終日の様子は毎回ライブ中継を行ってきたWOWOWが18:00 - 21:40に生中継を行い、テレビ朝日(ANN系列24局)が「開局50周年記念番組」としてその日の23:30 - 24:25にダイジェスト版を放送した。また8月30日25:00 - 26:30に全国FM連合日本民間放送連盟加盟FMラジオ局53社)が最終日の様子を全局で同時放送を一部曲を抜粋して行った。
    • 11月、サザンの楽曲の中から抜粋した33曲を、各10分毎計33話(最終話のみ60分)楽曲を基に構成したテレビドラマthe波乗りレストラン』が日本テレビ系にて放送。1週間にわたり毎日不定期に放送した斬新な企画であり、メンバーの関口と野沢もドラマに出演した。
    • 12月3日、ライブDVD『真夏の大感謝祭 LIVE』発売。同時に、『キラーストリート』までのオリジナルアルバムと『稲村ジェーン』をリマスタリングして再発。
    • 12月17日、『真夏の大感謝祭 LIVE』Blu-ray Disc版発売。サザンオールスターズとしては初のBlu-rayでのライブビデオリリースとなる。
  • 2009年2012年
    • 特に期限を設けず、メンバーのスキルアップなどを目標として、バンドでの活動を一切休止。

2010年代

  • 2011年
    • 5月25日発売のチャリティシングル「Let's try again」にメンバー全員がソロアーティストとして参加。MV内の「勝手にシンドバッド」「LOVE AFFAIR〜秘密のデート〜」の部分では、メンバー5人が揃った映像が見られる。
  • 2013年
    • 6月24日、Yahoo! JAPANトップページのロゴに「明日はサザン35周年」と表示され、そのロゴをクリックすると曲(この時点ではまだ「ピースとハイライト」のタイトルは伏せられている。)のイントロが再生される仕掛けが施される。(曲の再生と同時にロゴ内を左から右へと5種類の音符が流れる。)
    • 6月25日、デビュー35周年の日に活動再開を発表。
    • 8月7日、54thシングル「ピースとハイライト」発売。オリコン初登場1位を獲得しグループとしては初の4年代でのシングルチャート1位を達成。
    • 8月10日、サザンのライブとしては5年ぶり、ツアーに至っては8年ぶりとなるスタジアムツアー、『灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!!』を開始。5年前の活動休止の地である日産スタジアムに始まり『茅ヶ崎ライブ』以来13年ぶりとなる茅ヶ崎でのライブを含めた5会場、全9公演を行う。
    • 8月21日、過去全54枚のシングル音源の配信をmoraなどで解禁。
    • 10月、第61回菊池寛賞を受賞。
    • 11月30日 - 12月1日12月3日 - 12月4日、『桑田佳祐 Act Against AIDS 2013「昭和八十八年度! ひとり紅白歌合戦」』に、メンバー全員がザ・ドリフターズに扮してゲスト出演し、「チョットだけョ! 全員集合」「ドリフのズンドコ節」「ドリフのビバノン音頭」を歌った。
    • 12月31日、ライブDVD・Blu-ray『灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!! 胸熱完全版』発売。
  • 2014年
    • 6月25日、公式サイトにて、9月にニューシングルを発売すること、12月にサザンとしては9年ぶりとなる年越しライブを開催すること、オリジナルアルバム制作中であり年内完成であることを発表した。当日の読売新聞に全面広告で告知が掲載され、当時流行していた漫画「進撃の巨人」をもじり「進撃のサザン」と銘打たれていた。

別名義での活動

アルバム『稲村ジェーン』は同名映画のサウンドトラックという性格上、収録されている楽曲により演奏者などのメンバーが異なる。このため、アルバムの名義は「サザンオールスターズアンドオールスターズSOUTHERN ALL STARS and ALL STARS)」とされている[29]

ちなみに、個々の楽曲でこの名義が使われたのは「稲村ジェーン」「美しい砂のテーマ」「LOVE POTION NO.9」「東京サリーちゃん」の4曲のみで、残りの7曲はサザンオールスターズおよび「稲村オーケストラ」「原由子 & 稲村オーケストラ」のいずれかで表記されている。特に、多くのアルバムに収録されている「希望の轍」は「稲村オーケストラ」のものであり、『ミュージックステーション』(テレビ朝日)においても同名義で出演し、披露された[30]

また、その他のユニットなどでは松田・野沢・大森を中心メンバーとする「S.A.S.Project」がオムニバスアルバム『SNOWBIRD HOTEL』に参加している他、関口のソロアルバム『World Hits!? of Southern All Stars』では「関口和之&砂山(SAZAN)オールスターズ」が結成された。

解散説

サザンは何度か解散説が流れているが、そのすべてが桑田をはじめとするメンバーによって否定されている。

作品

テンプレート:Main2

シングル
  1. 勝手にシンドバッド(1978年)
  2. 気分しだいで責めないで(1978年)
  3. いとしのエリー(1979年)
  4. 思い過ごしも恋のうち(1979年)
  5. C調言葉に御用心(1979年)
  6. 涙のアベニュー(1980年)
  7. 恋するマンスリー・デイ(1980年)
  8. いなせなロコモーション(1980年)
  9. ジャズマン (JAZZ MAN)(1980年)
  10. わすれじのレイド・バック(1980年)
  11. シャ・ラ・ラ/ごめんねチャーリー(1980年)
  12. Big Star Blues (ビッグスターの悲劇)(1981年)
  13. 栞のテーマ(1981年)
  14. チャコの海岸物語(1982年)
  15. 匂艶 THE NIGHT CLUB(1982年)
  16. Ya Ya (あの時代を忘れない)(1982年)
  17. ボディ・スペシャルII(1983年)
  18. EMANON(1983年)
  19. 東京シャッフル(1983年)
  20. ミス・ブランニュー・デイ(1984年)
  21. Tarako(1984年)
  22. Bye Bye My Love (U are the one)(1985年)
  23. メロディ (Melody)(1985年)
  24. みんなのうた(1988年)
  25. 女神達への情歌 (報道されないY型の彼方へ)(1989年)
  26. さよならベイビー(1989年)
  27. フリフリ'65(1989年)
  28. 真夏の果実(1990年)
  29. ネオ・ブラボー!!(1991年)
  30. シュラバ★ラ★バンバ(1992年)
  31. 涙のキッス(1992年)
  32. エロティカ・セブン(1993年)
  33. 素敵なバーディー (NO NO BIRDY)(1993年)
  34. クリスマス・ラブ (涙のあとには白い雪が降る)(1993年)
  35. マンピーのG★SPOT(1995年)
  36. あなただけを 〜Summer Heartbreak〜(1995年)
  37. 愛の言霊 〜Spiritual Message(1996年)
  38. 太陽は罪な奴(1996年)
  39. 01MESSENGER 〜電子狂の詩〜(1997年)
  40. BLUE HEAVEN(1997年)
  41. LOVE AFFAIR 〜秘密のデート(1998年)
  42. PARADISE(1998年)
  43. イエローマン 〜星の王子様〜(1999年)
  44. TSUNAMI(2000年)
  45. HOTEL PACIFIC(2000年)
  46. この青い空、みどり 〜BLUE IN GREEN〜(2000年)
  47. 涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜(2003年)
  48. 彩 〜Aja〜(2004年)
  49. 君こそスターだ/夢に消えたジュリア(2004年)
  50. 愛と欲望の日々(2004年)
  51. BOHBO No.5/神の島遥か国(2005年)
  52. DIRTY OLD MAN 〜さらば夏よ〜(2006年)
  53. I AM YOUR SINGER(2008年)
  54. ピースとハイライト(2013年)
  55. 東京VICTORY(2014年)
スタジオ・アルバム
  1. 熱い胸さわぎ(1978年)
  2. 10ナンバーズ・からっと(1979年)
  3. タイニイ・バブルス(1980年)
  4. ステレオ太陽族(1981年)
  5. NUDE MAN(1982年)
  6. 綺麗(1983年)
  7. 人気者で行こう(1984年)
  8. KAMAKURA(1985年)
  9. Southern All Stars(1990年)
  10. 稲村ジェーン(1990年)
  11. 世に万葉の花が咲くなり(1992年)
  12. Young Love(1996年)
  13. さくら(1998年)
  14. キラーストリート(2005年)

ライブ・コンサートツアー

形態 タイトル 公演規模・会場
1978年 - 1979年 コンサートツアー テンプレート:Larger
1979年 コンサートツアー テンプレート:Larger
コンサートツアー テンプレート:Larger
1980年 コンサートツアー テンプレート:Larger
コンサートツアー テンプレート:Larger
1981年 コンサートツアー テンプレート:Larger
1982年 コンサートツアー テンプレート:Larger
1982年 - 1983年 コンサートツアー テンプレート:Larger
1983年 カウントダウンライブ テンプレート:Larger
1983年 - 1984年 コンサートツアー テンプレート:Larger
1984年 コンサートツアー 少年マガジンプレゼンツ
テンプレート:Larger
1984年 - 1985年 コンサートツアー テンプレート:Larger
1984年 カウントダウンライブ テンプレート:Larger
1985年 コンサートツアー 富士通スペシャル
テンプレート:Larger
1988年 コンサートツアー NISSEKI SUPER LIVE 100 真夏の夜の夢
テンプレート:Larger
1989年 カウントダウンライブ テンプレート:Larger
1990年 コンサートツアー Panasonic Cheers!!
テンプレート:Larger
カウントダウンライブ テンプレート:Larger
1991年 コンサートツアー WOWOW MEETS
テンプレート:Larger
カウントダウンライブ Coca-Cola Special
テンプレート:Larger
1992年 単発コンサート テンプレート:Larger
1992年 - 1993年 コンサートツアー NTT DoCoMo PRESENTS
テンプレート:Larger
1993年 - 1994年 単発コンサート Victor PRESENTS
テンプレート:Larger
1995年 単発コンサート テンプレート:Larger
1996年 コンサートツアー KIRIN LAGER PRESENTS
テンプレート:Larger
カウントダウンライブ テンプレート:Larger
1997年 カウントダウンライブ テンプレート:Larger
1998年 単発コンサート テンプレート:Larger
1999年 コンサートツアー 三菱電機 DIGITAL FESTA
テンプレート:Larger
FC会員限定ライブ テンプレート:Larger
カウントダウンライブ SAISON CARD PRESENTS
テンプレート:Larger
2000年 単発コンサート テンプレート:Larger
カウントダウンライブ テンプレート:Larger
2003年 FC会員限定ライブ テンプレート:Larger
FC会員限定ライブ SAS応援団 presents
テンプレート:Larger
コンサートツアー JAL presents
テンプレート:Larger
supported by WOWOW
単発コンサート テンプレート:Larger
2004年 FC会員限定ライブ SAS応援団 presents
テンプレート:Larger
カウントダウンライブ テンプレート:Larger
2005年 コンサートツアー TOYOTA presents
テンプレート:Larger
supported by RUSS-K
2008年 単発コンサート au by KDDI presents
テンプレート:Larger
supported by WOWOW
2013年 コンサートツアー WOWOW presents
テンプレート:Larger
supported by Volkswagen Golf
なお、「年越しライブ」と呼ばれるカウントダウンライブ(12月31日から翌年1月1日に行われる年跨ぎ公演分のみ)は、横浜アリーナが所在する神奈川県の条例により18歳未満の入場が禁止となっている(20歳以上の保護者が同伴の場合は許可されていたが、2007年からの条例改正で入場が完全禁止となった)。

出演

桑田佳祐も参照のこと。桑田の単独出演は、サザン名義の楽曲が使われたCMのみ掲載。その他各メンバーの出演番組などは、それぞれのページを参照。

CM

タイアップ曲

グループのソロ曲やカバー曲などは含まない。アルバムCMのために使用された曲など、サザン関連のCMで使用された楽曲は除く。
※タイアップやテーマソングとして使用された順に掲載。同一楽曲の別時期に渡る仕様の場合、1曲として使用順に掲載する。
2008年放送の『the波乗りレストラン』で使用された楽曲は、当該項目を参照。

勝手にシンドバッド アサヒ三ツ矢サイダーCMソング1978年
日本テレビドラマおとなの夏休み」第1話主題歌2005年
アブダ・カ・ダブラ 日清焼そばU.F.O.」CMソング テンプレート:Smaller
Let It Boogie LION「ザクトライオン」CMソング
宝塚歌劇団宙組公演「満天星大夜総会」
C調言葉に御用心 ナビスコ「チップスター」CMソング
青い空の心 (No me? More no!) アサヒ「三ツ矢サイダー」CMソング
ジャズマン (JAZZ MAN) 朝日放送バラエティさんまの駐在さん」エンディングテーマ
ふたりだけのパーティ ナビスコ「チップスター」CMソング
いなせなロコモーション アサヒ「三ツ矢サイダー」CMソング
Big Star Blues(ビッグスターの悲劇) アミューズ映画モーニング・ムーンは粗雑に」主題歌
朝方ムーンライト アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌
恋の女のストーリー アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌
Let's Take a Chance アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌
ステレオ太陽族 アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌(1981年
松竹映画「男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日」挿入歌(1988年
栞のテーマ アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌(1981年) テンプレート:Smaller
モンクレール 企業CMソング(1981年)
アシックス「アシックス・ジャケット」CMソング
フジテレビ系バラエティ「はねるのトびら」内『栞と博のテーマ』劇中歌 (2004年
素顔で踊らせて ユニ・チャーム「アンネナプキン」CMソング
MY FOREPLAY MUSIC サントリートリスウイスキー」CMソング
走れ!! トーキョー・タウン 日産パルサー」CMソング
逢いたさ見たさ病めるMy Mind 松下電器「ザ・サード」CMソング
女流詩人の哀歌 ユニ・チャーム CMソング
講談社文庫 企業CMソング
雪印「スライスチーズ」CMソング
NUDE MAN 松下電器「ヘッドフォンステレオ WAY」CMソング
来いなジャマイカ 日産「パルサー」CMソング
いとしのエリー TBS系ドラマ「ふぞろいの林檎たち」主題歌
Computer Children 富士通「富士通テレホン」CMソング
怪物君の空 大塚製薬オロナミンC」CMソング
悲しみはメリーゴーランド 三菱鉛筆「EXCEED」CMソング ※2
旅姿六人衆 テレビ朝日系「ワールドプロレスリング」エンディングテーマ(1988年
日本テレビ系バラエティ「ザ!世界仰天ニュース」内『加藤大ダイエット企画』テーマソング (2005年
フジテレビ系ドラマ「死亡推定時刻」エンディングテーマ(2006年
女神達への情歌(報道されないY型の彼方へ) フジテレビ系バラエティ「夢で逢えたら」オープニングテーマ
さよならベイビー 東宝映画「彼女が水着にきがえたら」主題歌
フリフリ'65 フジテレビ系バラエティ「夢で逢えたら」オープニングテーマ
愛は花のように (Olé!) NISSAY 企業CMソング
忘れられた Big Wave リクルート「B-ing」CMソング
東宝映画「稲村ジェーン」挿入歌
YOU NISSAY 企業CMソング
真夏の果実 東宝映画「稲村ジェーン」主題歌
auLISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング
希望の轍 テンプレート:Smaller 東宝映画「稲村ジェーン」挿入歌(1990年
フジテレビ系情報番組めざましテレビ」内『ワールドキャラバン』テーマソング(1994年
テレビ朝日系アニメ「クレヨンしんちゃん」劇中歌(1999年
フジテレビ系「FNS ALLSTARS 27時間笑いの夢列島」テーマソング(2001年
ネオ・ブラボー!! JNN・TBS系報道番組筑紫哲也 NEWS23」エンディングテーマ
シュラバ★ラ★バンバ
SHULABA-LA-BAMBA
NTT DoCoMo 企業CMソング
TBS系ドラマ「ずっとあなたが好きだった」挿入歌
君だけに夢をもう一度 TOYOTAカリーナ」CMソング
涙のキッス TBS系ドラマ「ずっとあなたが好きだった」主題歌
au「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング
CHRISTMAS TIME FOREVER 丸井「'92 ○|のクリスマス;」キャンペーンソング
せつない胸に風が吹いてた TBS系「39時間テレビ」テーマソング
エロティカ・セブン EROTICA SEVEN フジテレビ系ドラマ「悪魔のKISS」主題歌(1993年
宝塚歌劇団花組舞台公演「cooktail」劇中歌(2002年
クリスマス・ラブ(涙のあとには白い雪が降る) 丸井「'93 ○|のクリスマス」キャンペーンソング
あなただけを 〜Summer Heartbreak〜 フジテレビ系ドラマ「いつかまた逢える」主題歌(1995年
テレビ朝日アニメクレヨンしんちゃんスペシャル! 家族みんなでハワイだゾ しかもオラ人魚に恋したゾ」挿入歌(1997年
愛の言霊 〜Spiritual Message 日本テレビ系ドラマ「透明人間」主題歌
au「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング
恋のジャック・ナイフ キリンビールキリン・ラガー」CMソング
太陽は罪な奴 キリンビール「キリン・ラガー」CMソング
胸いっぱいの愛と情熱をあなたに ゼネラルモーターズキャデラック・セヴィル」CMソング
Moon Light Lover ニフティNIFTY-Serve」CMソング
01MESSENGER 〜電子狂の詩〜 NISSANルキノ」CMソング
BLUE HEAVEN ケンタッキー「ケンタッキークリスマス '97」キャンペーンソング
LOVE AFFAIR 〜秘密のデート〜 TBS系ドラマ「Sweet Season」主題歌
Ya Ya(あの時代を忘れない) MAZDAMPV」CMソング テンプレート:Smaller
平和の琉歌 JNN・TBS系報道番組「筑紫哲也 NEWS23」エンディングテーマ
PARADISE フジテレビ系ドラマ「ハッピーマニア」主題歌
CRY 哀 CRY 三菱電機「モバイルキャンペーン」CMソング
唐人物語(ラシャメンのうた) テレビ朝日系ドキュメンタリー番組驚きももの木20世紀」テーマソング
素敵な夢を叶えましょう フジテレビ系ドラマ「こいまち」主題歌(1998年
TBSラジオ爆笑問題カーボーイ」エンディングテーマ(2006年
TSUNAMI TBS系バラエティ「ウンナンのホントコ!」内『未来日記III』テーマソング
TBS系ドラマ「元カレ」挿入歌
au「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング
HOTEL PACIFIC WOWOW「サマーキャンペーン」CMソング
この青い空、みどり 〜BLUE IN GREEN〜 関西テレビ系ドラマ「神様のいたずら」主題歌
フジテレビ系音楽バラエティ桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜」エンディングテーマ
雨上がりにもう一度キスをして JAL「FLY! JAL! '03」キャンペーンソング
涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜 フジテレビ系ドラマ「僕だけのマドンナ ...and I love Har.」主題歌
経験II TBS系音楽バラエティ「うたばん」オープニングテーマ
彩 〜Aja〜 JAL「FLY! JAL! '04 Spring」キャンペーンソング
FRIENDS 地球ゴージャスミュージカル「クラウディア」主題歌
夢見るアニバーサリー テンプレート:Smaller JAL「FLY! JAL! 銀婚旅行編」キャンペーンソング
君こそスターだ TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング
au「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング
夢に消えたジュリア JAL「FLY! JAL! '04 Summer」キャンペーンソング
愛と欲望の日々 フジテレビ系ドラマ「大奥 〜第一章〜」主題歌
LONELY WOMAN TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング
神の島遥か国 TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング
BOHBO No.5 TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング
ロックンロール・スーパーマン 〜Rock'n Roll Superman〜 TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング
DIRTY OLD MAN 〜さらば夏よ〜 フジテレビ「お台場冒険王 2006」テーマソング
I AM YOUR SINGER au「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング
OH!! SUMMER QUEEN 〜‎夏の女王様〜‎ 資生堂「サマーキャンペーン」CMソング
ピースとハイライト‎ フォルクスワーゲンNew Golf」CMソング
栄光の男‎ 三井住友銀行「NEVER STOP CHANGING」キャンペーンソング
蛍‎ 東宝映画「永遠の0」主題歌 テンプレート:Smaller
パリの痴話喧嘩‎ サッポロビール「プレミアムアルコールフリー」CMソング
東京VICTORY 三井住友銀行「Lady, Fight!」キャンペーンソング
TBS系「2014 アジア大会&世界バレー」テーマソング
  • ※1 タイアップ用に歌詞やメロディが書き換えられている未作品化のもの
  • ※2 CM用にアレンジされたもの
  • ※3 厳密にはサザンオールスターズ名義でないもの
  • ※4 映画用にアレンジされたもの

バージョン違いの楽曲

サザンの楽曲の中には、タイトルに表記がされていなくとも、シングルとアルバムでバージョンやテイクの異なる曲がいくつか存在する。また、シリーズものや、メドレー形式で構成される歌詞やテイクの異なった楽曲も多い。

※シングルに収録されたライブバージョンの楽曲は除く。再発によるリマスタリング、『キラーストリート』収録曲でアレンジの変更が無いものは除く。

曲名 オリジナル収録作品 バージョン違い収録作品 アルバムバージョンでの違い オリジナル版のアルバム収録
気分しだいで責めないで 気分しだいで責めないで 10ナンバーズ・からっと 唯一完全にテイク違いの楽曲。<br />イントロアウトロの展開の変更、間奏のフェイクや歌いまわしの変更など。 ×
アブダ・カ・ダ・ブラ (TYPE 3) いとしのエリー アレンジの異なるTYPE 1、歌詞の異なるTYPE 2が存在。
先出が先行シングルc/wのTYPE 3であり、TYPE 3のみアルバム未収録。
×
思い過ごしも恋のうち 10ナンバーズ・からっと 思い過ごしも恋のうち ボーカルやテイクに変更は無いが、ホルン及びコーラスに手が加えられている。
アルバムからのシングルカットであるため、シングルバージョンが後出。
×
Hey! Ryudo! 涙のアベニュー タイニイ・バブルス 演奏部分は同一だが、シングル版のラストにあった桑田と関口の掛け合い及びそれに続くアウトロが省略されている。 ×
Tiny Bubbles (type-A) タイニイ・バブルス オリジナルは『ふたりだけのパーティ〜‎Tiny Bubbles (type-A)』というメドレー曲の中での一幕。
同アルバムに『tiny Bubbles (type-B)』が存在し、こちらはテイク違い。
ボディ・スペシャルI ボディ・スペシャルII ボディ・スペシャルII タイトルこそシリーズ物である『ボディ・スペシャルI』がc/wとして存在するが、作曲者がそれぞれ桑田、原で異なる完全な別物。後者はインスト曲。 ×
(IIのみ収録)
ALLSTAR'S JUNGO EMANON 綺麗 オリジナル版のほか、短いインスト版となったバージョンが『ALLSTAR'S JUNGO (Instrumental)』として共にアルバムに収録された。
単なるカラオケバージョンではなく、演奏時間やイントロが変更されている。
JAPANEGGAE (ジャパネゲエ) 人気者で行こう Tarako メロディなどはほぼ同一だが、テイク及び歌詞が英語に書き換えられた『Japaneggae (Sentimental)』が存在する。 ×
悲しみはメリーゴーランド KAMAKURA KAMAKURA 楽曲の一部分がインストとして短く『夕陽に別れを告げて 〜‎ メリーゴーランド』のアウトロ部分にメドレー形式で収録。
アルバムの収録曲順では『夕陽に〜‎』の方が先であるため、『メリーゴーランド』部分がフルバージョンで収録された形とも言える。
真夏の果実 真夏の果実 稲村ジェーン 楽曲部分には一切手が加えられていないが、楽曲終了後にサウンドトラックの特性上、カップルの会話がそのまま収録されている。
愛は花のように (Olé!)
忘れられた Big Wave
Southern All Stars
恋のジャック・ナイフ 愛の言霊 〜‎Spiritual Message Young Love イントロ部分のラップのみテイク違い。『海のYeah!!』収録版もアルバムバージョン。 ×
太陽は罪な奴 太陽は罪な奴 アルバムの構成上、イントロに波の音が収録されている。
それ以外はシングル版と全く同一であり、上記の理由でイントロに手が加えられている事情もあり、『海のYeah!!』にはオリジナル版が収録された。
LOVE AFFAIR 〜‎秘密のデート〜‎ LOVE AFFAIR 〜‎秘密のデート〜‎ さくら イコライザーで高音域を狭めた演出効果上のアレンジが加えられている。MIX自体はシングル版と同じ。
01MESSENGER 〜‎電子狂の詩〜‎ 01MESSENGER 〜‎電子狂の詩〜‎ 同一楽曲のアルバムバージョンとしては、唯一タイトルが異なる楽曲。
『(The Return of)01MESSENGER 〜‎電子狂の詩〜 <Album Version>‎』と改題されテイク及びアレンジが異なる。
×
雨上がりにもう一度キスをして 涙の海で抱かれたい 〜‎SEA OF LOVE〜‎ キラーストリート イントロにドラムスの追加、アウトロの省略。[33]それ以外の演奏部分は同一。 ×
恋人は南風 ラストのフェイクがカット。[33]それ以外は完全に同一。 ×
君こそスターだ 君こそスターだ/夢に消えたジュリア イントロにカウント及びハンドクラップの追加。ギター追加。[33] ×
BOHBO No.5 BOHBO No.5/神の島遥か国 ボーカル及びホーンセクションの音量が上がりより派手に。[33]。それ以外は同一。 ×
LONELY WOMAN 愛と欲望の日々/LONELY WOMAN 1番Bメロへコーラスを追加[33]。それ以外は同一。 ×
キラーストリート キラーストリート 基はインスト曲だが、同アルバムに『The Track for the Japanese Typical Foods called “Karaage” & “Soba” 〜‎ キラーストリート (Reprise)』として、歌詞の付いたショートバージョンが収録。

書籍

写真集

関連書籍

  • 『勝手にシンドブック』(ベップ出版、1979年
  • 『ただの歌詩じゃねえかこんなもん』(桑田佳祐著、エッセイつき歌詞集、新潮社1984年) ISBN 4101353018
  • 『ケースケランド』(桑田佳祐著、集英社、1984年) ISBN 4087800792
  • 『ロックの子』(桑田佳祐著、インタビュー構成萩原健太講談社文庫1987年) ISBN 4-06-184043-6
  • 『ブルーノート・スケール』(桑田佳祐著、ロッキング・オン1987年) ISBN 4947599138
  • 『ただの歌詩じゃねえかこんなもん'84-'90』(桑田佳祐著、上の同名作品の続編、新潮社、1990年) ISBN 4101353026
  • 『突然ですがキリギリス―サザンオールスターズ音楽青春物語』(関口和之著、集英社文庫1991年) ISBN 4087497194
  • 『娘心にブルースを』(原由子著、ソニーマガジンズ1998年 ) ISBN 4789712842
  • 『地球音楽ライブラリー サザンオールスターズ』(萩原健太・大畑幸子・太田綾子・佐伯明・前田祥丈著 、株式会社アミューズ監修、TOKYO FM出版1999年) ISBN 4887450346
  • 『地球音楽ライブラリー サザンオールスターズ 改訂版』(株式会社アミューズ監修、2005年、TOKYO FM出版、上記に新作などを追加した新装版) ISBN 4887451350
  • 『クワタを聴け!』(中山康樹著、集英社新書2007年) ISBN 4087203808
  • 『やっぱり、ただの歌詩じゃねえか、こんなもん 桑田佳祐 言の葉大全集』(上の同名作品の続編、2012年、新潮社)ISBN 9784103328315

関連項目

サポートメンバー、関係者など

キーボード・ピアノシンセサイザー
奥慶一国本佳宏八木正生小林武史藤井丈司門倉聡・片山敦夫・島健
ギター
小倉博和佐橋佳幸斎藤誠
ベース
根岸孝旨美久月千晴
パーカッション
三沢またろう
コーラス
EPO・前田康美・平松八千代・清水美恵・安奈陽子・渕上祥人
ブラスホーンストリングス
Horn Spectrum新田一郎・包国充・山本拓夫村田陽一金原千恵子・荒木敏男・西村浩二
アレンジャー
新田一郎・八木正生・藤井丈司・小林武史・門倉聡・山本拓夫・村田陽一・桑野聖中西俊博・片山敦夫・宮川泰・島健・斎藤誠
その他
Z団小林克也萩原健太Tommy Snyder

テレビ・ラジオ番組

会社など

出典・参考文献

テンプレート:脚注ヘルプ 情報源、ソースとなる書籍、雑誌、テレビ番組及び参考となった文献・自著など

  1. 小中学校の同級生で、バンド仲間だった。現:ワーナーミュージック・ジャパンストラテジック本部シニア・チーフプロデューサー。
  2. http://www.circustown.net/ct/onjin/vol_02/track_4.html
  3. ロック怪獣サザン伝説TBSテレビ、1992年。
  4. http://www.musicman-net.com/relay/25-6.html#item-1 第25回 大里洋吉 氏 | Musicman-NET]
  5. 第11回 高垣健 氏 | Musicman-NET
  6. フジテレビジョン夜のヒットスタジオ1978年7月31日放送回
  7. 日本テレビ放送網『Music Lovers2008年8月10日放送回
  8. TBSテレビザ・ベストテン1978年8月31日放送回。
  9. 別冊ザテレビジョン『ザ・ベストテン 〜蘇る!80'sポップスHITヒストリー〜』角川インタラクティブ・メディア、2004年。
  10. スペースシャワーTV内インタビューによる。2008年。
  11. 事務所のアミューズの社長大里洋吉がナベプロ時代にあいざきのマネージャーだったため。
  12. 1992年放送TBSテレビ特番「知ってるくせに?!」より。
  13. サザンオールスターズ公式サイト STANDOOH! AREEENA!! C'MOOOON!!!内バイオグラフィー 1980年
  14. 『SINGLE CHART-BOOK COMPLETE EDITION 1968〜2005』オリコン・エンタテインメント、2006年。
  15. 『素敵な夢を叶えましょう』角川書店、1999年。
  16. アルバム『Southern All Stars』1990年、『世に万葉の花が咲くなり』クレジットより。
  17. 桑田佳祐『アコースティック・レボリューション』にて、1991年
  18. 日本レコード協会公式サイト内 年度別ミリオンセラー一覧 1992年度
  19. 日本レコード協会公式サイト内 年度別ミリオンセラー一覧 1993年度
  20. 20.0 20.1 『別冊カドカワ』角川書店、1996年。
  21. サザン来年から活動休止、解散は否定 nikkansports.com
  22. 5年ぶりサザン復活! 新曲ひっさげ全国ツアー サンケイスポーツ 2013年6月25日閲覧
  23. テンプレート:Cite web
  24. 桑田佳祐「がんが再発するかも…」とサザン復活を5年早めた 週刊ポストセブン
  25. TOKYO FM「桑田佳祐のやさしい夜遊び」2013年7月6日放送分より
  26. 2008年8月7日スポーツ報知「[サザンの軌跡と奇跡]〈7〉お茶の間衝撃 ザ・ベストテン出演」
  27. 27.0 27.1 27.2 27.3 27.4 厳密にはサザン名義のオリジナル・アルバムではないが、現在は公式に10作目のスタジオ・アルバムとされている。
  28. ビクターエンタテインメントとアミューズによる新会社を設立 日本ビクタープレスリリース 2006年12月22日発表
  29. 参照。現在はサザンオールスターズの10thアルバムとしてナンバリング。
  30. テンプレート:Cite web
  31. 31.0 31.1 31.2 31.3 松田の急病によって順延された公演の振り替え。1月2日公演から順に、12月16日]]、12月17日]]、12月19日]]、12月20日]]の振り替え公演となっている。
  32. 台風により順延された9月22日]]公演の振り替え。
  33. 33.0 33.1 33.2 33.3 33.4 アルバム『キラーストリート』初回版ブックレットより。2005年
  34. SPEEDSTAR RECORDS内のパーソナルレーベル。

外部リンク

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