イボテン酸

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イボテン酸(イボテンさん、ibotenic acid)はアミノ酸の一種であり、テングタケ科キノコテングタケなどに含まれる。

カイニン酸トリコロミン酸を抽出したことでも知られる日本の薬学者、竹本常松らによって1962年に発見された。イボテングタケAmanita ibotengutake、当時はA. strobiliformisとされていた)から初めて抽出されたため、イボテン酸と命名された[1]。英名の "ibotenic acid" もそれに由来する。

竹本らはその後イボテン酸の構造を解明し[2]、これがベニテングタケの毒成分でもあることも解明した[3]

性質

グルタミン酸と類似の構造を持ち、グルタミン酸のアゴニストとして働く。このため、味蕾に作用して強いうま味を示すと同時に、中枢神経系に存在するグルタミン酸受容体にも作用して毒性を示す。

うま味成分としてはグルタミン酸よりも一層強いうま味を持つ。ヒトがうま味を感じる最低濃度はグルタミン酸ナトリウムの約0.02%に対し、イボテン酸は0.001%–0.003%である。つまり、イボテン酸のうま味はグルタミン酸ナトリウムの10倍ほどもあるということである。イボテン酸を含むキノコは、うま味調味料を振りかけたような食味で非常にうまいという。

一方では、トリコロミン酸と共に殺ハエ成分としても知られ、ハエにとっては強力な神経毒である。イボテン酸群のキノコを置いておくと、これをなめたハエはすぐに体が麻痺して動けなくなってしまう。この効果は古くから知られ、世界中でハエ取りに利用されていた。

イボテン酸は比較的不安定な物質で、乾燥などで容易に脱炭酸し、より揮発性の高いムッシモール (muscimol, C4H6N2O2) へと変化する。いずれもヒトにとっては中毒成分である。 

中毒

構造の似るグルタミン酸はにおいて興奮を伝達する重要な神経伝達物質であるが、イボテン酸はグルタミン酸より3から7倍もの強力な興奮作用を持ち、イボテン酸を摂取するとグルタミン酸受容体に作用して興奮状態を引き起こす。

一方ムッシモールは神経伝達物質のひとつ、γアミノ酪酸(GABA)と構造が類似する。GABAは抑制性の神経伝達物質であり、これがGABA受容体に結合することで、神経伝達物質の放出頻度を落とすように作用する。つまり、脳の働きを不活発にするということである。

よって、興奮と抑制が同時に起こる複雑な中毒症状が発現し、精神錯乱、譫妄、躁鬱、時には幻覚の後、深い眠りに落ちる。ヒトの中枢神経系を乱す閾値はムッシモールが6–12mg、イボテン酸は30–60mgほどと考えられるため、主要な中毒成分はムッシモールだともいえる。また、テングタケはムスカリンも0.0003%程度含むので、中毒症状を一層複雑なものにしている。

その薬理作用から、世界中で古くからシャーマニズムの儀式に用いられた。また、イボテン酸はアルコールに溶解しやすく、かつてのバイキングなどは蒸留酒にテングタケを漬けた薬用酒を闘いの士気高揚のために飲んでいたという。アメリカなどでは、テングタケのの皮をはがして乾燥させたものをタバコのように吸って麻薬の代替品として用いることもある。ただし、テングタケは猛毒のα-アマニチンも微量ながら含むため、素人が安易に摂取すべきではない。

イボテン酸を含む菌類

イボテン酸群のキノコには以下のようなものがあり、主にキノコの傘の部分に含まれる。乾燥させた粉末状のものがサイケマッシュやエックスマッシュ、セブンスヘブンといった商品名で販売されている。

  • テングタケ属 Amanita ・テングタケ節 Sect. Amanita
    • テングタケ A. pantherina — 最も多量のイボテン酸を含む。
    • ウスキテングタケ A. gemmata
    • イボテングタケ A. ibotengutake
    • ベニテングタケ A. muscaria — 有名種だが、日本産のその含有量はテングタケの10分の1程度。
    • ヒメベニテングタケ A. rubrovolvata

脚注

  1. テンプレート:Cite journal
  2. テンプレート:Cite journal
  3. テンプレート:Cite journal

関連項目

外部リンク