錬金術

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錬金術(れんきんじゅつ、テンプレート:Lang-ar-short テンプレート:Lang-la-short テンプレート:Lang-en-short)とは、最も狭義には、化学的手段を用いて卑金属から貴金属(特に)を精錬しようとする試みのこと。

広義では、金属に限らず様々な物質や、人間の肉体や魂をも対象として、それらをより完全な存在に錬成する試みを指す。錬金術の試行の過程で、硫酸硝酸塩酸など、現在の化学薬品の発見が多くなされており[1]実験道具が発明された。その成果は現在の化学 (chemistry) にも引き継がれている[2][3][4]。歴史学者フランシス・イェイツは16世紀の錬金術が17世紀の自然科学を生み出した、と指摘した。

概要

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『賢者の石を求める錬金術師』ライト・オブ・ダービー作(1771年)

一般によく知られた錬金術の例としては、物質をより完全な存在に変える賢者の石を創る技術がある。この賢者の石を用いれば、卑金属を金などの貴金属に変え、人間を不老不死にすることができるという。

なお、一般的にはから金への物質変成など「利殖」が目的とされるイメージが強い錬金術ではあるが、本来は「万物融解液」により、物質から「性質」(例えれば金を金たらしめている性質)を具現化させている「精」(エリクシール)を物質から解放し、「精」そのものの性質を得ることがその根元的な目的であり(この場合、金のエリクシールの取得は過程であって目的ではない)、生命の根元たる「生命のエリクシール」を得ること、つまりは不老不死の達成こそが錬金術の究極の目的であった。なお、万物融解液を発見したと自称する錬金術師はいたようだが、単にガラスを溶かし、蝋を溶かせない液体、つまりはフッ化水素の発見に過ぎなかった。

「生命のエリクシール」は人体を永遠不滅に変えて不老不死を得ることができるとされ、この場合は霊薬エリクサーとも呼ばれる(なお、賢者の石が文献上に記述されるのはエリクサーよりかなり後である)。それ故、錬金術は神が世界を創造した過程を再現する大いなる作業であるとされる。錬金術で黒は富や財産を表し、白は不老不死の永遠、赤は神との合一を意味する。

特に中世ヨーロッパにおいて長期間にわたって行われたが、これは西洋において他の学問などと同様に一度失伝[2]した錬金術がイスラム世界から再導入されたものである。Alchemy(アルケミー)はアラビア語 Al kimiyaに由来し、Al はアラビア語の定冠詞(英語ではtheに相当)であり[5]、この技術がイスラム経由で伝えられたという歴史的経緯を示す[6]

語源については通説は定まっていない。

  1. エジプトの地の意のKham(聖書でもHamとして使われた)から、Khemeiaはエジプトの術の意味だという。
  2. テンプレート:Lang-grc-short テンプレート:Lang-el-short(植物の汁の意)で、テンプレート:Lang-grc-short テンプレート:Lang-el-shortは汁を抽出する術の意味だという。

錬金術とは一般の物質を「完全な」物質に変化・精錬しようとする技術のことであり、さらには人間の霊魂をも「完全な」霊魂に変性しようという意味を持つこともあった(=神に近づく、神になる、神と合一する方法ともいえよう)。

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ホムンクルスを作り出す錬金術師。

またホムンクルスのように、無生物から人間を作ろうとする技術も、一般の物質から、より完全な存在に近い魂を備えた人間を作り出すという意味で錬金術と言える。

錬金術に携わる研究者を錬金術師と呼ぶ。特に高等な錬金術師は、霊魂の錬金術を行い神と一体化すると考えられたので、宗教や神秘思想の趣きが強くなった。

最も真理に近付いた錬金術師は(古代の伝説上の人物)ヘルメス・トリスメギストス(3倍偉大なヘルメスの意[7])と言われ、著したとされる『ヘルメス文書』、『エメラルド・タブレット』は尊重された[8]

『ヘルメス文書』はあるアラブ人の手によってエジプトのギザの大ピラミッドの内部にあるヘルメス・トリスメギストスの墓から発見されたといわれるエメラルド板に記された文書である。当然ながら原版は現存せず、中世に書かれた写本が現在に残る最も古い完全な写本である。そのためその歴史的信憑性は長年怪しまれてきたが、1828年エジプトのテーベで発見された[9]魔術師の墓から見つかったパピルス[10]に『ヘルメス文書』、『エメラルド・タブレット』の写しの一部が記述されていたため、現在ではその歴史的価値は一応認められているといえよう。ちなみにこのパピルスは現在「ライデン・パピルス」と呼ばれ[10][9]エジプト考古学博物館に保管されている。

錬金術は、中世ヨーロッパの非キリスト教に対して行われた弾圧に対して、弾圧される側の人々が非キリスト教的な知識や行動をごまかすために使った手段であるテンプレート:要出典カール・グスタフ・ユングが「錬金術は、地表を支配しているキリスト教に対して、いわば地下水をなしている」というものである。錬金術は相対立する物質(要素)をフラスコの中で溶解させることで新たな物質を作り出し、相異する二つの卑金属を合成して黄金などの成果を生み出すことで、神秘主義魔術を含む異教の知識に関わっていた人々が、富豪や権力者の保護を受けることが出来た。

歴史

古代ギリシア

西洋錬金術の起源は古代エジプト冶金術にあると考えられる[10]。また、古代ギリシアで、アリストテレスの質料・形相論から、卑金属の形相をとり質料因としこれに形相因を与えて金にするという理論がアレキサンドリアで発達した。これにはアリストテレスの四元素説が影響を与えた。

3世紀頃のものといわれる『ライデン・パピルス(Leiden Papyruse)』には宝石の作成方法が101種類、『ストックホルム・パピルス』(1828年エジプトテーベで発見された[10])には宝石の作成方法が73種類、金属変性法が7種類、着色法70種類が記載されている。

イスラム錬金術

アレキサンドリアの錬金術は、ギリシャ哲学などとともにイスラムに伝わった[2]。 有名な錬金術師は8世紀の錬金術師で、中世錬金術の祖といわれるジャービル・イブン=ハイヤーン、ラテン名ジーベル(他にゲベル、ジャビル)とされる。

次いで、9世紀アル・ラーズィー(ラテン名ラーゼス)、10世紀イブン・スィーナー(ラテン名アウィケンナ)などが名高い。

十字軍以降イスラムの文献がヨーロッパに翻訳されて紹介され、錬金術書も西ヨーロッパに知られるようになった。

西ヨーロッパの錬金術

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17世紀の錬金術の本からの抜粋および鍵となる象徴記号(シンボル)。ひとつひとつのシンボルは当時の占星術で使われていたそれと、一対一の対応関係にある。

1144年2月11日[11]チェスターのロバート (Robert of Chester) が『Morienus(モリエヌス)』を『錬金術の構成の書』としてアラビア語からラテン語に翻訳した[12] のが最初とされる(また、バスのアデラードが錬金術を紹介した)。それから錬金術が注目を集めるようになり、13世紀以降に大きく発展した。初期の有名錬金術研究者、スコラ学者のアルベルトゥス・マグヌスヒ素を発見したとされる[13])、トマス・アクイナスロジャー・ベーコンは金属生成の実験に関心を持ち実践した。

ルネサンス期の有名な医師・錬金術師パラケルススはアリストテレスの四大説を引き継ぎ、アラビアの三原質(硫黄、水銀、塩)の結合により[14]、完全な物質であるアルカナ(エリクサー)が生成されるとした。なお、ここで言う塩、水銀、硫黄、金などの用語は、現在の元素や化合物ではなく象徴的表現と解釈する必要がある。彼を祖とする不老長生薬の発見を目的とする一派はイアトロ化学(iatro-chemistry)派と呼ばれた。

また、アイザック・ニュートンも錬金術を研究し[15]、著作した[16]テンプレート:Main

東洋の錬金術

錬金術と同様の試みはインド(有名な錬金術師に龍樹がいる)や中国などにおいても行われた。また、タントラ教の考え方も錬金術の影響があるとされる説もある。 その歴史は中世ヨーロッパの錬金術より古いが、両者は別個に起こったものと考えるのが通説である(異論もある)。

中国の錬金術

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『抱朴子』内篇

中国では『抱朴子』などによると、金を作ることには「仙丹の原料にする」・「仙丹を作り仙人となるまでの間の収入にあてる」という二つの目的があったとされている。辰砂などから冶金術的に不老不死の薬・「仙丹(せんたん)」を創って服用し仙人となることが主目的となっている。これは「煉丹術(錬丹術、れんたんじゅつ)」と呼ばれている。厳密には、化学的手法を用いて物質的に内服薬の丹を得ようとする外丹術である[17]

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仙丹を得るという考え方は同一であるが、を整える呼吸法や瞑想等の身体操作で、体内の丹田において仙丹を練ることにより仙人を目指す内丹術とは区別される[17]テンプレート:Main

錬金術への批判

すでに、アルベルトゥス・マグヌスは『鉱物書』において、自分で錬金術をおこなったが金、銀に似たものができるにすぎないと述べており、金を作ることに対して疑問がだされていた[9]。 後世に数々の検証から化学が成立していった。

錬金術と科学

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錬金術の素材親和力表(E.R. Geoffroy作、1718年)[18]

テンプレート:Main 現代人の視点からは、卑金属を金に変性しようとする錬金術師の試みは否定される。だが、歴史を通してみれば、錬金術は古代ギリシアの学問を応用したものであり、その時代においては正当な学問の一部であった。そして、他の学問同様、錬金術も実験を通して発展し各種の発明、発見が生み出され、旧説、旧原理が否定され、ついには科学である化学に生まれ変わった。これは歴代の錬金術師の貢献なくしてはありえなかったともいえる[3]

過去の文献からは、成立し始めた自然科学が錬金術を非科学的として一方的に排斥しているわけではなく、むしろ両者が共存していたことが見てとれる。様々な試行錯誤を行う錬金術による多様な分離精製の事例は、化学にとって格好の研究材料であった[4]。錬金術師たちは、巷で考えられているような研究一辺倒の、恰も魔法使いマッドサイエンティストのような身なり・生活をしていたのではなく、他の職業を持ちながら錬金術の研究も行うといった人物も多く存在していた。

例えば、万有引力の発見で知られるアイザック・ニュートンも錬金術に深く関わり膨大な文献を残した一人である[19]。最近ではこれらの文献を集めた研究書も刊行されるなど、いわば錬金術的世界観の再評価が行われていると言える。自然科学の発展に伴い錬金術の科学性は否定されたが、高エネルギー物理学における物質の生成、消滅について近代科学の理論が追いつかない面もあり、ニューサイエンス運動の一環として「大いなる秘法(アルス・マグナ)」の思想は研究の対象となっている。

錬金術と心理学

心理学者カール・グスタフ・ユングは、錬金術に注目し、『心理学と錬金術』なる著書を書いた。その本の考察のすえにユングが得た構図は、錬金術(のみならずいっさいの神秘主義というもの)が、実は「対立しあうものの結合」をめざしていること、そこに登場する物質と物質の変化のすべてはほとんど心の変容のプロセスのアレゴリーであること、また、そこにはたいてい「アニマとアニムスの対比と統合」が暗示されているということである[20]

錬金術と文芸学

神秘的、超自然的要素を含んだ錬金術は文芸術作品漫画小説)においても、特にスペキュレイティブ・フィクションというファンタジーサイエンス・フィクションなどのジャンルに大きな影響を与えた。神話伝説をベースとし、現実世界とは大きくかけな離れた世界観を持つファンタジー作品において、魔術と並ぶ空想の能力の一つとなった。また、通常の科学技術と並立し超科学的な分野として確立している例もあり、作品ごとに詳細かつ複雑に体系化されていった。さらにはアニメゲームなどの娯楽のメディアにも錬金術の要素を組み込んだり、題材とすることが多い。

錬金術の成果

磁器の製法の再発見(ヨーロッパ、18世紀)
ヨーロッパでは磁器を中国・日本から輸入しており非常に高価な物だった。それをヨーロッパで生産する方法を再発見したのは錬金術師である。ザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグスト1世錬金術師ヨハン・フリードリッヒ・ベトガーに研究を命じ、ベトガーは1709年に[21]白磁の製造に成功した[22]
蒸留の技術(中東、紀元前2世紀頃)
ランビキ(蘭引、日本には幕末にオランダから伝来。ジャービル・イブン=ハイヤーンが考案したとされるアランビーク蒸留器のこと)の発明とそれによる高純度アルコールの精製、さらに天然物からの成分単離は化学分析、化学工業への道を開いた。
火薬の発明(中国、7 - 10世紀頃)
中国の煉丹術師の道士仙丹の製作中、硫黄硝酸木炭を混合して偶然発明したといわれる[23]。のちに西洋に伝わる。
硝酸硫酸塩酸王水の発明(中東、8 - 9世紀頃) 
緑礬明礬などの硫酸塩鉱物[24]硝石を混合、蒸留して硝酸を得た。錬金術師ジャービル・イブン=ハイヤーンは、緑礬や明礬などの硫酸塩鉱物を乾留して硫酸を得[25]、硫酸と食塩を混合して塩酸を得、塩酸と硝酸を混合して王水を得た。

現代の科学による金の生成

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周期表上の金の位置

卑金属から貴金属を生成することは、原子物理学の進展により、理論的には不可能ではないとまで言及できるようになった。

核分裂によるもの

錬金術の目的の一つである「金の生成」は、放射性同位体の生成という意味であれば、現在では可能とされている[26]。金よりも原子番号が一つ大きい水銀(原子番号80)に中性子線を照射すれば、原子核崩壊によって水銀が金の同位体に変わる。ただし、十分な量の金を求めるのなら、長い年月と膨大なエネルギーが必要であり、得られる金の時価と比べると金銭的には意味が無いと言える。

核融合によるもの

金に限らず、多くの金属原子は、超新星の誕生の過程で起こる核融合によって生成され、その爆発によって宇宙空間に放出された、星の残骸である。そのため、金を核融合で作ることに関していえば、理論上は不可能ではない。ただし金のように質量数が大きい物質を核融合で生成するのに必要な条件(超高圧・超高温)を人為的に発生・制御できる技術は今のところ存在しない。

錬金術師および関係のある人物の一覧

比喩的に魔術師とも呼ばれる人物を含む

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ テンプレート:Reflist

参考文献

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テンプレート:参照方法

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関連項目

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外部リンク

  1. テンプレート:Harvnb
  2. 2.0 2.1 2.2 テンプレート:Harvnb
  3. 3.0 3.1 テンプレート:Citation
  4. 4.0 4.1 テンプレート:Citation
  5. テンプレート:Citation
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  7. テンプレート:Citation
  8. テンプレート:Harvnb
  9. 9.0 9.1 9.2 テンプレート:Harvnb 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "creative2008p62"が異なる内容で複数回定義されています
  10. 10.0 10.1 10.2 10.3 テンプレート:Harvnb
  11. テンプレート:Cite book中央公論新社〈中公文庫〉、2014年。ISBN 978-4-12-205980-1。
  12. テンプレート:Citation
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  15. テンプレート:Cite web
  16. テンプレート:Cite web
  17. 17.0 17.1 テンプレート:Citation
  18. テンプレート:Citation
  19. 19.0 19.1 テンプレート:Citation
  20. 松岡正剛の書評より
  21. テンプレート:Citation
  22. テンプレート:Citation
  23. テンプレート:Citation
  24. 当時は硫酸塩ということなど知る由もない
  25. テンプレート:Citation
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