アメリカ統合参謀本部議長

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ファイル:Adm. Mike Mullen, 090829-N-0696M-278.jpg
マイケル・マレン統合参謀本部議長(第17代・2007年-2011年)

アメリカ統合参謀本部議長 (アメリカとうごうさんぼうほんぶぎちょう、Chairman of the Joint Chiefs of Staff)は、アメリカ統合参謀本部の長。アメリカ軍を統率する軍人(制服組)のトップであり[1]大統領および国防長官の主たる軍事顧問である[2]


概要

大統領および国防長官の主たる軍事顧問であり、アメリカ国家安全保障会議や国土安全保障会議にも助言を行う[2]。助言に際しては、統合参謀本部の他メンバーより大きな権限を有している[2]。なお、作戦指揮権は有していない[1]。また、戦略計画の策定や、予算・機材の取得に関する助言、国防における脅威度評価、軍種間統合の推進も議長の責任範囲となっている[3]

議長は、大統領が指名し、上院の助言と承認(advice and consent)により就任する[1]。任期は奇数年の10月1日よりの2年であり、副議長であった場合の任期と合わせ3期6年まで在職でき、特に大統領の指名があった場合は8年まで在職できる[1]。ただし、戦時にはこの制限は撤廃される[1]。1985年代以降は2期4年務めるケースが多い。階級は大将(general又はadmiral)に補され、アメリカ軍における最高位とされる[1]

統合参謀本部は1947年に法的な裏付けを得たが、議長職は1949年に設置されている。

就任資格

1986年ゴールドウォーター=ニコルズ国防総省再編法 (Goldwater-Nichols Department of Defense Reorganization Act of 1986) によれば、議長の就任資格があるのは、現議長の再任を除くと、統合参謀本部(以下JCS)の議長以外のメンバーおよび地域別・機能別統合軍 (Unified Combatant Command)や特定軍 (Specified Combatant Command,一軍種からなる戦闘軍) 司令官とされる[1]。ただし、大統領が国益に考慮して必要と判断した場合には、特例としてこれ以外のポストから議長を選ぶこともできる[1]。なお、副議長とは別軍種であることが原則とされる[4]

また本来であれば、JCSメンバーでもある海兵隊総司令官など海兵隊出身者が議長に選ばれる可能性もあるが、初代議長のオマー・ブラッドレー陸軍大将以来、長年にわたって陸軍海軍空軍の3軍出身者のみが選ばれるという状態が続いていた。2006年に、ピーター・ペース海兵隊大将が海兵隊出身者では初めて議長に選ばれたことで打破された。

権限

ゴールドウォーター=ニコルズ国防総省再編法の施行以前は、統合参謀本部議長は統合参謀本部の意見のまとめ役に過ぎなかった。大統領及び国防長官に提出する軍事的助言は各軍参謀長たちの合意に基づくものでなければならず、実質的権限はあまりなかった。しかし、同法では議長を「主たる軍事顧問」と認めており、従って議長は参謀長たちの合意にかかわらず大統領、国防長官に直接自分自身の意見を助言することができるようになった。統合参謀本部は実働部隊の指揮権限は持っておらず、指令は国防長官から各統合軍司令官に下される。同法の施行後に初めて統合参謀本部議長に就任したのがコリン・L・パウエルである。

歴代議長

写真 氏名 階級 在任期間 出身校 前職 後職 備考
着任 退任
1 ファイル:General of the Army Omar Bradley.jpg オマー・ブラッドレー 陸軍大将(在任中に元帥に昇進) 1949年8月16日  1953年8月15日  陸軍士官学校 陸軍参謀総長 朝鮮戦争時の議長。
2 ファイル:ADM Arthur Radford.JPG アーサー・ラドフォード 海軍大将 1953年8月15日 1957年8月15日 海軍兵学校 太平洋艦隊司令長官
3 ファイル:Nathan Twining 02.jpg ネーサン・トワイニング 空軍大将 1957年8月15日 1960年9月30日 陸軍士官学校 空軍参謀総長
4 ファイル:Lyman L. Lemnitzer.jpg ライマン・レムニッツァー 陸軍大将 1960年10月1日 1962年9月30日 陸軍士官学校 陸軍参謀総長 欧州軍総司令官兼NATOヨーロッパ連合軍最高司令官 ベトナム戦争ピッグス湾事件時の議長。
5 ファイル:Maxwell D Taylor official portrait.jpg マクスウェル・テイラー 陸軍大将 1962年10月1日 1964年7月1日 陸軍士官学校 陸軍参謀総長 駐南ベトナム大使 キューバ危機時の議長。
6 ファイル:Earle Wheeler official photo.JPEG アール・ホイーラー 陸軍大将 1964年7月3日 1970年7月2日 陸軍士官学校 陸軍参謀総長 ベトナム戦争時の議長。
7 ファイル:ADM Thomas Moorer.JPG トーマス・モーラー 海軍大将 1970年7月2日 1974年7月1日 海軍兵学校 海軍作戦部長 ベトナム戦争時の議長。
8 ファイル:GEN George Brown.JPG ジョージ・ブラウン 空軍大将 1974年7月1日 1978年6月20日 陸軍士官学校 空軍参謀総長
9 ファイル:David C Jones official portrait.jpg デイヴィッド・ジョーンズ 空軍大将 1978年6月21日 1982年6月18日 ノースダコタ州マイノット州立大学中退 空軍参謀総長
10 ファイル:Gen John Vessey Jr.JPG ジョン・ヴェッシー・ジュニア 陸軍大将 1982年6月18日 1985年9月30日 ローズヴェルト高校 陸軍副参謀総長 グレナダ侵攻時の議長。
11 ファイル:Adm William Crowe Jr.JPG ウィリアム・クロウ・ジュニア 海軍大将 1985年10月1日 1989年9月30日 海軍兵学校 太平洋軍司令官 駐イギリス大使
12 ファイル:GEN Colin Powell.JPG コリン・パウエル 陸軍大将 1989年10月1日 1993年9月30日 ニューヨーク市立大学シティカレッジ予備役将校訓練課程(以下ROTC) 陸軍総合戦力集団(現・陸軍総軍)司令官 国務長官 黒人、ジャマイカ移民二世。パナマ侵攻湾岸戦争時の議長。
代行 ファイル:ADM David E Jeremiah.JPG デイヴィッド・ジェレマイア 海軍大将 1993年10月1日 1993年10月24日 オレゴン大学 統合参謀本部副議長
13 ファイル:General John Shalikashvili military portrait, 1993.JPEG ジョン・シャリカシュヴィリ 陸軍大将 1993年10月25日 1997年9月30日 ブラッドリー大学 欧州軍司令官兼NATOヨーロッパ連合軍最高司令官 ポーランド移民。
14 ファイル:General Henry Shelton, official portrait 2.jpg ヘンリー・シェルトン 陸軍大将 1997年10月1日 2001年9月30日 ノースカロライナ州立大学ROTC 特殊作戦軍司令官 9・11テロ時の議長。
15 ファイル:Richard Myers official portrait.jpg リチャード・マイヤーズ 空軍大将 2001年10月1日 2005年9月30日 カンザス州立大学ROTC 統合参謀本部副議長 アフガニスタン侵攻イラク戦争時の議長。
16 ファイル:Peter Pace official portrait.jpg ピーター・ペース 海兵隊大将 2005年10月1日 2007年9月30日 海軍兵学校 統合参謀本部副議長 イタリア移民二世。
17 50px マイケル・マレン 海軍大将 2007年10月1日 2011年9月30日 海軍兵学校 海軍作戦部長 ウサーマ・ビン・ラーディン殺害作戦などを指揮。
18 50px マーティン・デンプシー 陸軍大将 2011年10月1日 現任 陸軍士官学校 陸軍参謀総長

脚注

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外部リンク

テンプレート:Sister

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  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 1.7 テンプレート:合衆国法典
  2. 2.0 2.1 2.2 テンプレート:合衆国法典
  3. テンプレート:合衆国法典
  4. テンプレート:合衆国法典