うつくしま未来博

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

テンプレート:Mboxテンプレート:イベントインフォメーション うつくしま未来博(うつくしまみらいはく)は、2001年7月7日から9月30日まで、福島県須賀川市で開催された地方博覧会。日本で初めての中で開催された博覧会である。

概略

猛暑の影響で序盤の来場者は低調であったが、中盤からは1日あたりの入場者数が増加、最高となった9月23日には62,621人が来場した。
  • 172億400万円の収入に対し、支出は160億300万円、約11億7千万円の黒字を計上した。

パビリオン等

パビリオン(12)

  • からくり民話茶屋
福島県の民話を聞かせるパビリオン。会場内でも特に人気が高く、現在は同様の施設が郡山駅内に設けられている。
ファイル:MUSHI-TEC WORLD FUKUSHIMA.JPG
パビリオンとして唯一残されたムシテックワールド
  • なぜだろうのミュージアム ムシテックワールド
博覧会終了後、開催地の須賀川市が引き継ぎ、2001年11月から「ムシテックワールド」の名称で昆虫科学をテーマにした科学館として開館した。ほとんどのパビリオンは撤去されたが、この建物のみが科学館として残されている。

その他、開催期間中は以下のパビリオンが設けられた。

企業未来館 最先端技術、未来のくらしの体験ゾーン(17)

沿革

1993年
県民運動の第Ⅱ期シンボル事業として地方博覧会を開催する方向性が固まる。(第Ⅰ期はふくしま国体
1995年
  • 8月18日 - 名称、会期、会場、テーマが決定。
  • 名称:うつくしま未来博
  • 会期:7月の夏休みから約90日間
  • 会場:須賀川テクニカルリサーチガーデン用地内(須賀川市)
  • テーマ
日本語:美しい空間 美しい時間
英語:BEAUTIFUL LIFE, BEAUTIFUL LAND
1996年
1997年
1998年
ふくしま国体のマスコットキャラクターとして登場し、この博覧会では家族として再登場した。
家族構成は、のキビタン、のキビママ、長女のキビィ、長男のキビマルである。
  • 9月3日 - 県民総参加を支援する県民組織「うつくしま未来博推進協議会」発足。
  • 11月6日 - 通商産業省(現:経済産業省)の特定博覧会、通称「JAPAN EXPO」の認定を受け、正式名称が決定。
  • 正式名称
日本語:ジャパンエキスポ イン 福島2001 うつくしま未来博
英語:JAPAN EXPO IN FUKUSHIMA 2001 BEAUTIFUL FUKUSHIMA FUTURE EXPO
  • 10月12日 - 須賀川テクニカルリサーチガーデン内にて、用地造成工事の安全祈願祭が行われる。同時に、この日から、県庁前に開幕残日表示灯が点灯する。
1999年
  • 6月16日 - 第2次収支計画を決定、総額174億円、入場料金は当日券で大人3,000円に決定。
  • 9月 - 第1次マスタープランがまとまる。同時期に、うつくしまナイトファンタジーのプロデューサーが久石譲に決定。
  • 9月9日 - 和歌山県南紀熊野体験博閉会式会場にて、ジャパンエキスポ旗の引き継ぎを受ける。
2000年
2001年
同博覧会に先立ち開催された。メインテーマは「ほんとの空がある うつくしま、ふくしま。」
2002年

エピソード

閉幕後

  • 会場となった須賀川市の須賀川テクニカルリサーチガーデンは、産業・住宅団地として須賀川市が分譲する計画だったが、交通の便があまり良くないことなどから、2006年の時点で6割以上が売れ残っている。
  • 会場跡地に韓国系50階建てマンションの建設構想があったが、中止となった。

関連項目

参考文献

  • うつくしま未来博 公式記録
  • 福島民報朝刊

外部リンク