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池田 長正(いけだ ながまさ、生年不詳 - 永禄6年(1563年))は、戦国時代の武将。摂津国の国人。池田信正の子、母は三好政長の娘。子に知正、光重。通称は弥太郎、官位は筑後守。
天文17年(1548年)、父信正は細川晴元に背いて敗れ自害したため、長正が家督を継いだ。一時は北摂地域を支配するまで勢力を拡大したが、三好長慶と戦って敗れ、その家臣となった。その後は三好氏の家臣として安見宗房らと戦ったという。
永禄6年(1563年)に死去、後を一族の池田勝正が継承したものの、池田氏の家臣団は内部分裂を起こし二派に分かれ抗争することになった。