白鳥の湖
『白鳥の湖』(はくちょうのみずうみ テンプレート:Lang-ru)は、ピョートル・チャイコフスキーによって作曲されたバレエ音楽、およびそれを用いたクラシックバレエ作品。『眠れる森の美女』、『くるみ割り人形』と共に3大バレエと言われる。日本では当初、白鳥湖(はくちょうこ)と呼ばれ、今でも内々の会話では略称で「はくちょうこ」と呼ぶバレエ団も少なくない[1][2]。
目次
概要
作品番号
- Op.20(組曲版は Op.20a)
初演
- 1877年3月4日 モスクワ・ボリショイ劇場バレエ団が初演
- 振付:ヴェンツェル・ライジンガー
- 台本:ウラジミール・ペギチェフ、ワシリー・ゲルツァー
蘇演
日本初演
楽器編成
ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、コルネット2、トランペット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ(4個)、大太鼓、小太鼓、タンブリン、シンバル、カスタネット、タムタム、トライアングル、グロッケンシュピール、ハープ、弦五部
演奏時間
全曲版は約2時間半(各55分、30分、45分、20分、23分)、組曲版は約23分。
作品の背景
ドイツの作家ヨハン・カール・アウグスト・ムゼーウスによる童話「奪われたヴェール」を元に構想が練られ、1875年、ボリショイ劇場の依頼により作曲。1876年に完成した。バレエが作られたのはロシアだが、物語の舞台は「くるみ割り人形」と同じくドイツである。
チャイコフスキーにとって初めてのバレエ音楽であるが、初演当時は踊り手、振付師、指揮者に恵まれず、評価を得られなかった。それでもしばらくは再演されていたが、衣装・舞台装置の破損などからいつしかお蔵入りとなり、その後作曲者の書斎に埋もれていた。しかし、プティパとその弟子イワノフによって改造がなされ、チャイコフスキーの没後2年目の1895年に蘇演された。
本作品にはワーグナーのオペラ『ローエングリン』(1850年初演)からの影響が指摘されている[3][4]。善良な人物が悪い魔法によって白鳥に姿を変えられてしまうという筋書き上の共通点[3]、『ローエングリン』の第1幕第3場で現れる「禁問の動機」と『白鳥の湖』の「白鳥のテーマ」との類似性[3]、そしてチャイコフスキーがワーグナー作品の中で『ローエングリン』を特に高く評価していたこと[4]が根拠として挙げられている。
たくさんの版
1895年の蘇演以降、多くの演出家によって様々な版が作られた。多くはプティパ=イワノフ版をもとに改訂を施したものだが、ストーリー、登場人物、曲順などは版によってはかなり異なる。ただし白鳥たちの登場する第2幕はプティパ=イワノフ版が決定的な影響力を持っており、イワノフの振付がほとんど原形のまま見られる版が多い。
- ゴールスキー版(1933年)
- ニコライ・セルゲイエフ版(1934年)
- メッセレル版(1937年)
- バランシン版(1951年)
- ブルメイステル版(1953年)
- ヌレエフ版(1964年、1984年)
- プティパ版(1952年)
- グリゴローヴィチ版(1969年、2001年)
- マッケンジー版(2000年)
- マシュー・ボーンの「白鳥の湖」(1995年)
など
一人二役
通常オデット(白鳥)とオディール(黒鳥)は同じバレリーナが演じる。見た目ではオデットとオディールでは衣装(オデット=白、オディール=黒)が違うが二人の性格は正反対であり、全く性格の違う2つの役を一人で踊り分けるのはバレリーナにとって大変なことである。オデット/オディール役は32回連続のフェッテ(黒鳥のパ・ド・ドゥ)など超技巧も含まれて、優雅さと演技力、表現力、技術、体力、スピードすべてに高いレベルが要求される役である。
プティパ版初演時、マリインスキー・バレエ団(キーロフ・バレエ団)のプリマ、ピエリーナ・レニャーニが両方踊ったのが定着した。
物語の最後
版によって様々だが大きく2つに分けられる。一つは、王子とオデットがともに死んでしまう悲劇的な最後。もう一つは、オデットの魔法が解け王子と2人で幸せに暮らすというハッピーエンド。
初版やプティパ版は悲劇で終わっており、2人は永遠の世界へ旅立っていく(昇天する)。もっとも、悪魔や魔法が実在する世界においては、これも一種のハッピーエンドとして捉えることも可能である。現世で解決するハッピーエンドは1937年のメッセレル版で採用され、ソ連を中心に広まった。
あらすじ
おおまかには以下のとおり。ただし、版や振り付け家によって異なることは多く、下記の序奏部は無いことが多く、ラストもハッピーエンドと悲劇で終わるものなどさまざまである。
序奏
オデットが花畑で花を摘んでいると悪魔ロットバルトが現れ白鳥に変えてしまう。
第1幕
- 王宮の前庭
今日はジークフリート王子の21歳の誕生日。お城の前庭には王子の友人が集まり祝福の踊りを踊っている。そこへ王子の母が現われ、明日の王宮の舞踏会で花嫁を選ぶように言われる。まだ結婚したくない王子は物思いにふけり友人達と共に白鳥が住む湖へ狩りに向かう。
第2幕
- 静かな湖のほとり
白鳥たちが泳いでいるところへ月の光が出ると、たちまち娘たちの姿に変わっていった。その中でひときわ美しいオデット姫に王子は惹きつけられる。彼女は夜だけ人間の姿に戻ることができ、この呪いを解くただ一つの方法は、まだ誰も愛したことのない男性に愛を誓ってもらうこと。それを知った王子は明日の舞踏会に来るようオデットに言う。
第3幕
- 王宮の舞踏会
世界各国の踊りが繰り広げられているところへ、悪魔の娘オディールが現われる。王子は彼女を花嫁として選ぶが、それは悪魔が魔法を使ってオデットのように似せていた者であり、その様子を見ていたオデットは、王子の偽りを白鳥達に伝えるため湖へ走り去る。悪魔に騙されたことに気づいた王子は嘆き、急いでオデットのもとへ向かう。
第4幕
- もとの湖のほとり
破られた愛の誓いを嘆くオデットに王子は許しを請う。そこへ現われた悪魔に王子はかなわぬまでもと跳びかかった。激しい戦いの末、王子は悪魔を討ち破るが、白鳥たちの呪いは解けない。絶望した王子とオデットは湖に身を投げて来世で結ばれる。
メッセレル版以降、オデットの呪いが解けてハッピーエンドで終わる演出も出てきたが、原典とは異なる。
主要曲
- 序奏
- ワルツ〔第1幕〕
- 情景〔第2幕〕
- 四羽の白鳥たちの踊り〔第2幕〕
- 王子とオデットのグラン・アダージョ〔第2幕〕
- ハンガリーの踊り(チャールダーシュ)〔第3幕〕
- ナポリの踊り〔第3幕〕
- スペインの踊り〔第3幕〕
- 終曲〔第4幕〕
など
ハープの短い序奏のあと、オーボエがソロで主旋律を吹く「情景」(第2幕・第10曲、第14曲)が、本作品を代表する曲として、特によく知られている。
またバレエが人気作品とならなかったことから、チャイコフスキーは出版社のユルゲンソンと相談し、本作品から自身が出来が良いものを選んで組曲を作ろうとしていたが、実際にその作業に取り組んだかについての具体的な証拠は残されていない。ただしユルゲンソンはチャイコフスキーの死後の1900年にワルツ、情景(第2幕)、終曲その他を取り出した組曲版を出版した。この組曲版、また指揮者によってはまた別の曲を加えた形の演奏会形式としても多く演奏される。
なおクロード・ドビュッシーはその少年時代、チャイコフスキーのパトロンだったナジェジダ・フォン・メックのお抱えピアニストを務め、その際にこの『白鳥の湖』組曲のピアノ連弾版を編曲して、フォン・メック夫人の子供たちと共に演奏した。
「白鳥」のモデルについて
タイトルの通り、ハクチョウが「白鳥」のモデルであると思われがちだが、大阪音楽大学学長の西岡信雄は本作の白鳥のモデルについて、「ハクチョウはダンスを踊ることはできない。白鳥のモデルは求愛のダンスを踊るツルであり、タンチョウが存在する日本と違って白いツルがいなかったヨーロッパだったので、ツルのダンスにハクチョウの白いイメージをあわせたのではないか」という意見を述べ、実際にツルの求愛のダンスと本作のダンスの刻むリズムが同じであるとの研究成果を述べた。[5]。
その他
- Rudolf Nureyev's choreography of Swan Lake
- プティパによる蘇演に際し
- 第1幕のグラン・パ・ド・ドゥの第3幕の王子とオディールのグラン・パ・ド・ドゥへの転用
- 第2幕の白鳥たちの踊りの曲順の変更
- 第3幕から婚約者の姫たちのパ・ド・シスの省略
- 第4幕へのチャイコフスキーのピアノ曲を管弦楽編曲した曲の挿入
などの曲の構成変更が行われている。
そのため、全曲版のCDと実際に舞台に使われている音楽とで構成が異なる場合があるので注意が必要である。
脚注
関連項目
外部リンク
テンプレート:Sister テンプレート:チャイコフスキーのバレエ音楽
- ↑ 『白鳥の湖』という呼称を最初に使ったのは、小牧正英といわれる。
- ↑ 日本バレエ史の伝説【小牧正英】 2011年5月5日閲覧。
- ↑ 3.0 3.1 3.2 Marion Kant, The Cambridge Companion to Ballet, Cambridge University Press, 2007, ISBN 0521539862, p.166.
- ↑ 4.0 4.1 Laura Jacobs, Landscape With Moving Figures: A Decade on Dance, Dance & Movement Press, 2006, ISBN 1597910015, p.64.
- ↑ 日本経済新聞2003/05/19付朝刊 40ページ(文化欄) 『白鳥の湖、モデルはツル』西岡信雄