中野会
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中野会(なかのかい)は、大阪市天王寺区に本拠を置いて2005年まで活動した暴力団。かつては神戸市に本部を置き、四代目山口組の三次団体から五代目山口組の二次団体となったが、1997年に絶縁処分を受け独立。やがて暴力団対策法に基づく指定暴力団となるも、2005年に解散。
歴史
1996年7月に会長の中野太郎が行きつけの理髪店で会津小鉄系組員に銃撃される事件が起きた。時の山口組若頭であった宅見組組長宅見勝の仲介で手打ちが行われた。
1997年8月に神戸市中央区の新神戸オリエンタルホテルにて宅見を射殺し、一般人をも誤射。その被害者は数日後に死亡(→宅見若頭射殺事件)。これにより本家の山口組から同年9月に絶縁とされるも、これを不服とし、解散せずに独立した。宅見組などによる暗殺部隊により、1999年9月にナンバー3の若頭・山下重夫が、2002年4月にはナンバー2の副会長・弘田憲二が射殺された。
最高幹部
- 会長:中野太郎 ― 元五代目山口組若頭補佐、元二代目山健組舎弟頭補佐、元初代健竜会相談役、1936年10月30日生[1]、大分県出身
- 副会長:弘田憲二 ― 弘田組組長。2002年4月に天野組組員により沖縄で射殺された。
- 若頭:山下重夫 ― 山重組組長。1999年9月、宅見組傘下の幹部組員ら4人によって射殺された。
- 本部長:近藤大恵
- 若頭補佐:吉野和利 - 宅見若頭射殺事件の総指揮をとった人物。
所属直系団体
- 弘田組
- 至龍会
- 三笠組
- 加藤総業
- 徳心会
- 山重組
主な出身者
出典
テンプレート:Reflist- ↑ 山口組ドキュメント 五代目山口組:『五代目山口組本家組織図』 テンプレート:Small,1990年,溝口敦,三一書房,ISBN 4-380-90223-4