パンルヴェ方程式

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数学においてパンルベ方程式(パンルベほうていしき、Painlevé equations)は、(動く特異点であるという)パンルベ性 (Painlevé property) を備えた特定の種類の二階非線型複素常微分方程式である。パンルベ方程式は一般には初等函数の範囲で解くことはできず、パンルベ方程式の解としてパンルベ超越函数 (Painlevé transcendents) と呼ばれる複素変数の特殊函数が定義される。名の由来は後にフランス首相の座に就くポール・パンルヴェの著した論文 テンプレート:Harvs から。

歴史

パンルベ超越函数の起源は、微分方程式の解としてしばしば現れる特殊函数の研究および、線型微分方程式の等モノドロミー変形の研究にある。たとえば楕円函数などは特殊函数のクラスのなかでも特に有用なものの一つである。パンルベ超越函数は、方程式の特異点パンルベ性を満たす二階常微分方程式の解として定められる。ここで、パンルベ性とは「動く特異点は極に限る」というものである。線型常微分方程式はつねにパンルベ性を持つが、非線型方程式でパンルベ性を持つものは稀である。ポワンカレとフックスはパンルベ性を持つ一階方程式が、必ずワイエルストラス方程式かリッカチ方程式に変形できることを示した(これらの方程式は求積法と既知の特殊函数によって明示的に解ける)。エミール・ピカールは一階よりも高階の動く真性特異点をもつ方程式に着目して、パンルベ性をもつ新たな例を探ろうとして失敗に終わっている(二階より高階の方程式では、解が動く自然境界を持ち得る)。1900年頃、ポール・パンルベは動く特異点を持たない二階微分方程式を研究していて、そのような方程式で有理函数 R を用いて

<math>y = R(y',y,t)</math>

の形に表されるものは、適当な変形を加える違いを除いて50個の「標準形」に直すことができることを発見した(一覧表が テンプレート:Harv にある)。さらに テンプレート:Harvs では、先の50の「標準形」のうちの44個は既知の函数を用いて解けるという意味で削減できることが判明し、解として新たな特殊函数の導入を必要とする方程式として残ったのはわずかに6個であった(実はパンルベの成果にはいくつか計算間違いがあり、のちに弟子のガンビエとフックスによって修正されている)。以後長らくの間、これら6個の方程式が一般の値のパラメータに対してこれ以上簡約不能であるか(特殊な値のパラメータについては、方程式が簡約化されてしまう場合もある。後述)ということが物議を醸す未解決問題であったが、最終的には テンプレート:Harvtxt および テンプレート:Harvs によって解決を見た。これら6つの非線型二階方程式はパンルベ方程式と呼ばれ、それらの解はパンルベ超越函数と呼ばれる。

パンルベが見逃していた最も一般の形の第六方程式は、1905年に(ラザラス・フックスの息子)リチャード・フックスによって、モノドロミーを保つ変形のもとで P1 上に4つの正常特異点をもつ二階のフックス型方程式の特異性によって満たされる微分方程式として発見された。これは テンプレート:Harvs でパンルベ方程式のリストに加えられている。

テンプレート:Harvs ではパンルベの成果をより高階の方程式に対して拡張する試みがなされ、パンルベ性を満たす三階方程式がいくつか発見されている。

パンルベ方程式の分類

以下の6種類の方程式に、伝統的にパンルベ I から VI までの番号が振られている(括弧内は発見者)。

I (Painlevé)
<math>\frac{d^2y}{dt^2} = 6y^2 + t</math>
II (Painlevé)
<math>\frac{d^2y}{dt^2} = 2y^3 + ty + \alpha </math>
III (Painlevé)
<math>ty\frac{d^2y}{dt^2} = t \left(\frac{dy}{dt} \right)^{\!2}

-y\frac{dy}{dt} + \delta t + \beta y + \alpha y^3 + \gamma ty^4 </math>

IV (Gambier)
<math>y\frac{d^2y}{dt^2} = \frac{1}{2} \left(\frac{dy}{dt} \right)^{\!2} + \beta+2(t^2-\alpha)y^2+4ty^3+\frac{3}{2}y^4</math>
V (Gambier)
<math>\begin{align}

\frac{d^2y}{dt^2} &= \left(\frac{1}{2y}+\frac{1}{y-1}\right) \left( \frac{dy}{dt} \right)^2 - \frac{1}{t} \frac{dy}{dt}\\ &\quad + \frac{(y-1)^2}{t}\left(\alpha y+\frac{\beta}{y}\right) +\gamma\,\frac{y}{t}+\delta\,\frac{y(y+1)}{y-1} \end{align}</math>

VI (R. Fuchs)
<math>\begin{align}

\frac{d^2y}{dt^2} &= \frac{1}{2}\left(\frac{1}{y}+\frac{1}{y-1}+\frac{1}{y-t}\right)\left(\frac{dy}{dt} \right)^2 -\left(\frac{1}{t}+\frac{1}{t-1}+\frac{1}{y-t}\right)\frac{dy}{dt} \\ &\quad + \frac{y(y-1)(y-t)}{t^2(t-1)^2} \left(\alpha+\beta\frac{t}{y^2}+\gamma\frac{t-1}{(y-1)^2}+\delta\frac{t(t-1)}{(y-t)^2}\right) \end{align}</math>

ここでパラメータ α, β, γ, δ は複素定数である。III-型方程式では yt をスケール変換してパラメータをふたつ減らすことができ、同様に V-型はパラメータをひとつ減らせる。つまりこれらの方程式では本当の意味での独立なパラメータはそれぞれ2つ、および3つである。

特異点

パンルベ方程式が持ち得る特異点は次のようなものである。

  • 動く極
  • 無限遠点 ∞
  • 点 0 (III, V, VI-型)
  • 点 1 (VI-型)

パンルベ I-型では、特異点は動く二位の極か留数 0 の点になり、その解は複素平面上にそのような極を無限個持つ。z0 に二位の極を持つ函数は、z0 の近傍で収束するローラン展開

<math>(z-z_0)^{-2}-\frac{z_0}{10}(z-z_0)^2-\frac{1}{6}(z-z_0)^3+h(z-z_0)^4+\frac{z_0^2}{300}(z-z_0)^6+\cdots</math>

をもつ(h は適当な複素数)。極の場所は テンプレート:Harvs に詳しく載っている。半径 R の球に含まれる極の数は、だいたい R5/2 の定数倍程度増加する。

II-型では全ての特異点が(動く)一位の極である。

パンルベ系の退化の系列

パンルベ I から V まではパンルベ VI の退化した場合になっている。もう少し詳しくは、以下の図式の如くだが、この図式は対応するガウスの超幾何函数の退化の系列をも与えている。

III Bessel
<math>\nearrow</math> <math>\searrow</math>
VI Gauss V Kummer II Airy I None
<math>\searrow</math> <math>\nearrow</math>
IV Hermite-Weber

ハミルトン系

パンルベ方程式は何れもハミルトン系として表現することができる。

例:

<math>q=y,\quad p=y'+y^2+t/2</math>

とおくと、パンルベ II 方程式

<math>y =2y^3+ty+b-1/2</math>

はハミルトニアン

<math>\displaystyle H=p(p-2q^2-t)/2 -bq</math>

に対するハミルトン系

<math>q'=\frac{\partial H}{\partial p} = p-q^2-t/2</math>
<math>p'=-\frac{\partial H}{\partial q} = 2pq+b</math>

に同値である。

パンルベ系の対称性

テンプレート:仮リンクは独立変数・従属変数を変換して、微分方程式を相似な微分方程式に変換するものだが、パンルベ方程式は何れもベックルント変換からなる離散群の作用を持ち、ベックルント変換によりパンルベ方程式の既知の解から別の新しい解を得ることができる。

パンルベ I の例

パンルベ第 I 方程式

<math>y = 6y^2+t</math>

の解全体の成す集合には位数 5 の対称性を持つ変換 y → ζ3y, t → ζt が作用する(ここで ζ は 1 の5乗根)。この変換で不変な解が二つあり、ひとつは原点 0 に二位の極をもち、いま一つは原点 0 に三位の零点をもつ。

パンルベ II の例

パンルベ II-型方程式

<math>y = 2y^3+ty+b-1/2</math>

のハミルトニアンによる定式化

<math>q=y,\quad p=y'+y^2+t/2</math>

において二種類のベックルント変換が

<math>(q,p,b)\to (q+b/p,p,-b)</math>

および

<math>(q,p,b)\to (-q, -p+2q^2+t,1-b)</math>

で与えられる。これらは共に位数 2 の変換でベックルント変換からなる無限二面体群(後述するように、これは実は A1-型のアフィンワイル群である)を生成する。b = 1/2 ならば方程式は y = 0 を解に持つ。これにベックルント変換を施せば、

y = 1/t, y = 2(t3−2)/t(t3−4), ...

のように有理函数の無限族が得られる。岡本和夫は、各パンルベ方程式のパラメータ空間を半単純リー環カルタン部分環に同一視することができ、そこでのアフィンワイル群の作用をパンルベ方程式のベックルント変換に持ち上げられることを発見した。PI, PII, PIII, PIV, PV, PVI に対応するリー環はそれぞれ 0, A1, A1⊕A1, A2, A3, D4 である。

他分野との関係

求積可能な偏微分方程式系はすべてパンルベ方程式に帰着できる(テンプレート:Harvsを見よ)。

自己双対ヤン-ミルズ方程式はすべてパンルベ方程式に帰着される。

パンルベ方程式は、非対称単純排他過程、二次元イジング模型トレイシー・ウィドム分布の定式化におけるランダム行列理論や、二次元の量子重力論などにも現れる。

参考文献

外部リンク

関連項目