ポリメラーゼ連鎖反応

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ファイル:Pcr machine.jpg
卓上型PCR装置

ポリメラーゼ連鎖反応(ポリメラーゼれんさはんのう、polymerase chain reaction, PCR)は、DNAを増幅するための原理またはそれを用いた手法で、手法を指す場合はPCR法と呼ばれることの方が多い。英語をそのまま片仮名読みにして「ポリメラーゼ・チェーン・リアクション」とも呼ばれる。次の特徴を持つ。

  • ヒトゲノム(30億塩基対)のような非常に長大なDNA分子の中から、自分の望んだ特定のDNA断片(数百から数千塩基対)だけを選択的に増幅させることができる。しかも極めて微量なDNA溶液で目的を達成できる。
  • 増幅に要する時間が2時間程度と短い。
  • プロセスが単純で、全自動の卓上用装置で増幅できる。

PCR法そのものや派生した逆転写ポリメラーゼ連鎖反応リアルタイムPCRDNAシークエンシング等の様々な技術は、分子遺伝学の研究のみならず、生理学分類学などの研究にも広く応用されている。また、微量のゲノムやRNAから目的のDNAを選択的に増幅できることから、DNA型鑑定や診断等にも応用されている。

原理

2本鎖DNAは、水溶液中で高温になると、変性し1本鎖DNAに分かれる。変性が起こる温度は、DNAの塩基構成および長さ(塩基数)によって異なり、長いDNAほど高い温度が必要になる。

このようにして1本鎖DNAとなった溶液を冷却していくと、相補的なDNAが互いに結合し再び2本鎖となる(アニーリング)。急速に冷却すると、長いDNA同士は2本鎖に再結合しにくいが、短いDNA断片(オリゴヌクレオチド)は結合できる。

PCR法では、増幅対象(テンプレート)のDNA、DNA合成酵素(DNAポリメラーゼ)および大量のプライマーと呼ばれるオリゴヌクレオチドを予め混合し、前述の変性・アニーリングを行う。その結果、長い対象1本鎖DNAの一部にプライマーが結合した形ができる。プライマーがDNAよりも圧倒的に多い状況にしておくことで、DNA-プライマーの結合がDNA-DNAの結合より、さらに優先的になる。

この状態でDNAポリメラーゼが働くと、プライマーが結合した部分を起点として1本鎖部分と相補的なDNAが合成される。DNAが合成された後、再び高温にしてDNA変性から繰り返す。

以上述べてきたようにPCR法は、DNA鎖長の違いによる変性とアニーリングの違いを利用して、温度の上下を繰り返すだけでDNA合成を繰り返し、DNAを増幅する技術である。

PCR法開発当初はDNA変性の時にDNAポリメラーゼが失活するためサイクル毎に酵素を追加していたが、現在ではTaqポリメラーゼなど好熱菌の耐熱性DNAポリメラーゼを用いることで連続して反応を進めることができる。

実験手順

ファイル:PCR.svg
PCR法の処理フロー

準備

増幅対象のDNA領域の両端の塩基配列を決定し、対応するプライマーを人為合成する。このときプライマーは、増幅予定の2本鎖DNAの両鎖それぞれの3'側に結合する相補配列であり、通常20塩基程度。

反応液調製

増幅対象DNA、プライマー、DNAポリメラーゼおよびDNA合成の素材(基質)であるデオキシヌクレオチド三リン酸(dNTP)、そして酵素が働く至適塩濃度環境をつくるためのバッファー溶液を混合し、PCR装置にセットする。

PCRサイクル

  1. 反応液を94テンプレート:℃程度に加熱し、30秒から1分間温度を保ち、2本鎖DNAを1本鎖に分かれさせる(図①)。
  2. 60テンプレート:℃程度(プライマーによって若干異なる)にまで急速冷却し、その1本鎖DNAとプライマーをアニーリングさせる(図②)。
  3. プライマーの分離がおきずDNAポリメラーゼの活性に至適な温度帯まで、再び加熱する。実験目的により、その温度は60–72テンプレート:℃程度に設定される。DNAが合成されるのに必要な時間、増幅する長さによるが通常1分から2分、この温度を保つ(図③)。
  4. ここまでが1つのサイクルで、以後、①から③までの手順を繰り返していく事で特定のDNA断片を増幅させる。

一般的にPCR処理をn回のサイクルを行うと、1つの2本鎖DNAから目的部分を2n倍に増幅すると言われている。 しかし、この図を見て分かる通り、特定部分だけが抽出されるまでには少なくとも3サイクル必要であり、長いDNA鎖も最後まで残ってしまうため、これは厳密に言えば正確ではない。

ただ、通常は20サイクル程度行なう事から、これらの量は無視される。

留意点

この反応の成否は、増幅対象DNAとプライマーの塩基配列、サイクル中の各設定温度・時間などに依存する。それらが不適切な場合、無関係なDNA配列を増幅したり、増幅が見られないことがある。

また、合成過程において変異が起こる可能性も少なからずあるため、使用目的によっては生成物の塩基配列のチェックが欠かせない。

歴史と背景

シータス社のキャリー・マリスが車でガールフレンドと夜道をドライブ中に、当時すでに知られていたオリゴヌクレオチドとDNAポリメラーゼを用いたDNA合成反応を繰り返すことにより核酸の一定領域を増幅することを思いつく。マリスはこの方法を "polymerase-catalyzed chain reaction" (ポリメラーゼ触媒連鎖反応)と名付け、ネイチャーサイエンスなどの著名な科学雑誌に論文として投稿したが、掲載されなかった。1987年にようやく、その論文は Methods in Enzymology 誌に"Specific synthesis of DNA in vitro via a polymerase-catalyzed chain reaction."として [1] 掲載された。

一方、PCR法自体はシータス社の同僚の手により鎌状赤血球症という遺伝性疾患の迅速な診断手段に応用された。サイエンス誌に "Enzymatic amplification of beta-globin genomic sequences and restriction site analysis for diagnosis of sickle cell anemia" として報告され[2]、オリジナル論文より前に世界の科学者の注目を集めることとなった。

PCRは、当初、大腸菌のDNAポリメラーゼIをズブチリシン処理し5'-3'エキソヌクレアーゼ活性を除去したクレノー断片を用いて反応を起こすものが大半であった。この酵素を用いた場合は、二本鎖DNA変性のための温度上昇の際に、DNAポリメラーゼが失活し、サーマルサイクルごとに手作業でこの酵素を加えなければならなかった。

シータス社の研究グループは、この欠点を解決するために好熱性の細菌から得た耐熱性DNAポリメラーゼを用いたPCRを開発し、サイエンス誌に発表した[3]。これにより、PCR反応の簡便化、自動化への道が開かれ、幅広く応用可能な手法として発展することになった。

このように、PCR法の応用、発展にはシータス社グループ(当初はマリスも含む)のはたした役割が大きいのであるが、最初にこの方法を着想し、方向性を示したという業績により、1993年にキャリー・マリスがノーベル化学賞を受賞している。 シータス社の保持していたPCR法の特許 [4] は1992年にエフ・ホフマン・ラ・ロシュ社に権利が買われたが、現在その特許権は失効している。

類似の手法として、PCRとは異なる原理に基づいて核酸を増幅するLAMP法 [5]が知られている。

参考文献

  1. Mullis, K. B.; Faloona FA.;(1985). "Specific synthesis of DNA in vitro via a polymerase-catalyzed chain reaction." Methods Enzymol. 155 : 335-50. PMID 3431465.[1]
  2. Saiki, R. K.; Scharf, S.; Faloona, F.; Mullis, K. B.; Horn, G. T.; Erlich, H. A.; Arnheim, N. (1985). "Enzymatic amplification of beta-globin genomic sequences and restriction site analysis for diagnosis of sickle cell anemia." Science 230 (4732): 1350–1354. PMID 2999980.
  3. Saiki, R. K.; Gelfand, D. H.; Stoffel, S.; Scharf, S. J.; Higuchi, R.; Horn, G. T.; Mullis, K. B.; Erlich, H. A. (1988). "Primer-directed enzymatic amplification of DNA with a thermostable DNA polymerase." Science 239 (4839): 487–491. PMID 2448875.
  4. US4683195[2]及びそのファミリー特許他)
  5. US6410278[3]

関連項目

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