伊東長昌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2012年3月16日 (金) 10:15時点におけるいいすく (トーク)による版
(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)
移動先: 案内検索

テンプレート:基礎情報 武士

伊東 長昌(いとう ながまさ)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将大名備中岡田藩第2代藩主。伊東長実の次男。

生涯

文禄2年(1593年)、伊東長実の次男として生まれる。

幼少時から徳川家康の家臣として仕えたが、後に豊臣秀頼の家臣となる。大坂の陣では豊臣方として父と共に戦ったが敗れ、自害しようとしたが、家康の制止を受けて許され、以後は徳川氏の家臣となった。この処置は異例であり、スパイ的な活動を行っていたのではないかとも考えられている。

寛永6年(1629年)の父の死去により家督を相続した。

寛永17年(1640年)9月18日に死去した。享年48。跡を長男・長治が継いだ。

テンプレート:岡田藩主