やりくりクイズ30万に挑戦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2012年9月30日 (日) 13:17時点におけるDr jimmy (トーク)による版 (概要)
(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)
移動先: 案内検索

テンプレート:基礎情報 テレビ番組

やりくりクイズ30万に挑戦』(やりくりクイズさんじゅうまんにちょうせん)は、1976年10月4日から1977年9月30日までフジテレビ系列局で放送されたクイズ番組である。当初は毎週月曜 - 金曜 12:15 - 13:00 (JST) に放送されていたが、後に時間が12:00 - 12:30までに削減された。

概要

5組の主婦ペアが挑戦していたクイズ番組。クイズも「家庭」をテーマにしたものをメインとした。また、あらかじめ賞金15万円を与え、クイズの度にだるま落としの如く減らしていくという斬新なルールを採用した。なお、フジテレビでは過去平日14時台に、1960年代は『トップ・ライトのリンナイワンセットクイズ』(司会:コロムビア・トップ・ライト)、『勝抜きスピードクイズ』(司会:林家三平 (初代)コント0番地、トップ・ライト、Wけんじトリオスカイライン)など、1970年代前半は『奥さまクイズ』(司会:橋本てつや)といった主婦向けのクイズ番組を放送しており、この手の番組は得意分野だった。

半年後に12:00から放送していたニュース番組『FNNニュース12:00』を11時台にずらして、『爆笑ゴールデンショー』以来の12:00開始としたが、結局、1年で終了した。

出演者

司会

アシスタント

コントレギュラー

コントレギュラーは、ショックカードの増額&減額理由のナレーションも担当していた。

ルール

持ち金15万円でスタート。問題は『クイズグランプリ』に類似し、放送月のカレンダーと同じ並び方のパネルの1日 - 30日から問題等を選ぶ。なお選ぶ際には、本日の生活費に見立てて全員5000円減額される。

  • 大の月放送時には、31日は空白になっていた。また、1977年2月放送時には、その月の28日のほかにも1月31日と3月1日が2月の問題とされていた。

問題は生活クイズ(問題内容は視聴者公募)・一般クイズ・?クイズ(とんち問題が殆どだった)とある(正解すれば5000円獲得、不正解時には5000円さらに減額)。また、このほかに「!」マーク(ショックカードと呼ばれていた)が数枚パネルに潜んでおり、それを引いた場合には持ち金が1 - 2万円増えたり減ったりした(なお後期には、ショックカードの一部に「賞品」パネルが有り、それを出すと賞品が貰えた)。また、生活クイズと一般クイズの中に副賞を懸けた問題もあった(双葉のイラストが描かれていた)。16日はスペシャルコーナーで、パネルを選ぶことができなかった。スペシャルコーナーではテーマに因んだ問題が出されていた(書き問題。後期ではゲームを行うことがあった。どちらも行う際には5000円減額)。

なお、後半になるとパネルが選ぶことができるようになった。また、後半にはパネルのどれかに文字が隠れており、これを引いて正解する問題もあった。番組の後半ではパネルにドロボーに入られ、「!」マークのひとつだけ潜んでいた。これを引いた場合には持ち金から10万円没収。無ければ全額没収とされた(ただし、保険として景品〜大抵は時計〜が贈られた)。それまでの持ち金は視聴者プレゼントとされた。なお、ドロボーなどで持ち金が無くなっても5000円減額は続け、その時は「赤字」とされる。また、後半からは「チャンス問題」が登場。これは『クイズグランプリ』の「チャンス」カードと同じで、選んだ解答者が持ち金の中から最高3万円まで1万円単位まで賭け、出された問題を自分のチームだけが答える(他チームは答えられない)。正解すれば賭け金が増額、不正解は減額となる。なお、後期からは「やりくり問題」に代わり、全チームが筆記クイズに挑戦(解答席にあるフリップに書く)、正解すれば5000円獲得となった。クイズ終了後最も持ち金が高い組(トップ賞)は30万円挑戦クイズ(30万円相当の賞品と賞金3万円を懸けた問題)に参加できた。後期では、持ち金が終了時ちょうど0円だった場合にはピタリ賞として電卓がプレゼントされた。

備考

  • 「ドロボー」パネルを入れる時の後半開始前には、コントレギュラーが「ドロボー」パネルを首にぶら下げたドロボーに扮し(何故か海賊になった時も有った)、ショートコントを行うのが毎回のパターンだった。
  • 「赤字」となった時は、前期は賞金表示機(ソラリー式を使用していた)の画面向かって左に5つ程の電球で「-」を表示していたが、見づらいので、後期からは10万の位のフラップで表示するようになった。
  • ショックカードの増額&減額理由は、時期ネタや時事ネタを取り入れるのが多かった。例えば、夏に放送したときには、「電気クラゲにやたら刺されて、治療費-10000円!」、ある海岸で恐竜らしき動物が打ち揚げられ、それが「海のネッシー」だと話題になった時には、「海のネッシー、水族館へ寄付。謝礼+20000円!」という具合だった。
  • 音楽は、『巨人の星』『キューティーハニー』『アルプスの少女ハイジ』等で知られる渡辺岳夫が担当した。渡辺は、放送中の『推理クイズ・マゴベエ探偵団』や後番組の『クイズタッグマッチ』の音楽も担当している。
  • ヤクルトホールでの非公開収録だった。
  • 放送当時のVTR事情や著作権・肖像権での絡みなどから、当時の映像はすべて現存していないと考えられる。

アラカルト

欽ちゃん乱入
テンプレート:いつ範囲、クイズの途中でパネルが開かなくなった。すわ故障かとスタジオがざわつく中、パネルから萩本欽一が顔を出し、スタジオの中に入って来て、自らがパーソナリティを務めるラジオ・チャリティー・ミュージックソンニッポン放送)の番組宣伝を行った。
その後の1977年4月8日には、萩本がフジテレビ全番組に出演する『欽ちゃんのドーンと24時間』の一環として再びスタジオに現れた。

テンプレート:前後番組