ロジスティック式

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2014年5月24日 (土) 19:43時点におけるYapparina (トーク)による版 (Category:カオス理論を追加 (HotCat使用))
(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)
移動先: 案内検索

テンプレート:参照方法 ロジスティック式は、個体群生態学において、個体群成長のモデルとして考案された微分方程式である。その後、カオス理論の出発点の一つともなり、現在では、生態学のみならず、多くの分野で応用が行われている。

個体群増加のモデル

生物の個体数の増え方に関する研究は、個体群生態学の分野に属する。人口推計や、害虫発生の予想などの応用的側面もあり、古くから研究が行われた。多くの生物では、実際に生存するより遙かに多くの子孫を作り、それがそのまま生き残れば、あっという間に莫大な個体数となる。ねずみ算など、数学的小話の種である。しかし、これでは現実とは違いすぎる。そのため、実際の個体群成長を扱うためには、より現実的な数学モデルが必要となる。

ただし、一般に生物個体数は整数の値をとるものであり、多くの場合、繁殖は特定の時期に行われるので、個体数増加は段階的な形を取る。しかし、数学的扱いを簡便にするために、その増加も個体数も連続した値をとるものと見なして扱うことが多い。

通常、親が作る子孫の数は、ほぼ一定であるから、増加率をr とすれば、個体数N の個体群における時間に対する(絶対)増加率は

<math>\frac{dN}{dt} = rN</math>

で表される。これは指数曲線になって、あっという間に人口爆発を引き起こす。この様な個体群成長の型を、生物個体(人口)の増加が幾何級数的であることを最初に指摘したトマス・ロバート・マルサスにちなんでマルサス的成長と呼ぶこともある。

しかし、現実の生物は、ある特定の環境下で生活しており、そこに生活できる個体数には上限があると見るのが自然である。つまり、個体数が多くなると、その増加にブレーキがかかるものと想像される。そこで、そのような、現実の個体数変化を説明するためには、次のような性質の式が必要になる。

  • 個体数N = 0 では、増加率はr = 0 になる。
  • 個体数N が増加するにつれ、増加率r は減少する。
  • 環境の収容可能個体数に限度があるから、その数をK とすれば、N = K のとき、増加率はr = 0 になる。

ロジスティック式の表現

ロジスティック式は、1838年にピエール=フランソワ・フェルフルスト(ベルハルストとも)が、人口増加を説明するモデルとして考案した[1]。その後、独自に同様の式を提示した個体群生態学者などもおり、次第に、個体群モデルの基礎となった。ロジスティック式は、上記の条件をすべて備えている。

ロジスティック式は、次の式である。

<math>\frac{dN}{dt} = r \left( \frac{K - N}{K} \right) N</math>

ここで、K環境収容力、つまり、その環境における個体数の定員である。r は(相対)内的増加率で、その生物が実現する可能性のある、最大の増加率である。実際の増加率r (K - N )/K は個体数N が環境収容力K に近づくにつれて減少し、N = K ならば増加率は 0 である。N > K だと、増加率は負となり、個体数がK になるまで減少する。

また、ここでk = r /K と置けば、

<math>\frac{dN}{dt} = N(r - kN)</math>

と書ける。この場合、k は、一個体の増加によって増加率が減少する率を現す。つまり、個体群密度の増加が増加率にブレーキをかけるので、これを密度効果という。

ロジスティック式の解

ファイル:SigmoidFunction.png
シグモイド関数(ロジスティック関数)の例。

初期値N (0) が 0 < N (0) < K を満たす場合、ロジスティック式で表される微分方程式の解は

<math>N(t) = K \, \varsigma_1 (r K (t_0 - t)) = \frac{K}{1 + \exp(r K (t_0 - t))}</math>

となる(<math>\varsigma_1</math>は標準シグモイド関数t0 は初期値で決まる任意性)。この解はロジスティック関数と呼ばれる(描く曲線はロジスティック曲線と呼ばれる)。

ロジスティック関数は非線形だが、次の変換によって線形の扱いやすい関数にすることができる。これはフィッシャ・プライ変換(Fisher-Pry transform)と呼ばれる[2]

<math>\begin{align}

& \ln FP(t)=rK(t_0-t), \\ & FP(t):=\frac{N(t)/K}{1-N(t)/K} \end{align}</math>

生物学的解釈

ロジスティック式そのものは、生物学的には、かなりありえない仮定に基づいている。

  • まず、個体数の増加が連続的に生じること。多くの生物では、特定の時期にのみ増加が起こる。昆虫など、世代が重ならないものでは、個体数増加は世代を追って段階的に生じる。
  • 個体数増加は増加率を抑制するが、親個体も子の個体も、同じだけの率で抑制に関わる。多くの生物では、親子では大きさが異なるので、このようなことはありえない。昆虫では、親と子では生活の場が異なるものも多い。
  • 個体数の増加は、その瞬間に増加率に影響を与える。もちろん現実には、瞬間ということはあり得ないにせよ、親子で大きさが異なったり、昆虫など、親と子では生活の場そのものが異なる場合もあり、個体数の増加が増加率に影響するまでに、かなりの時間が必要と思われる例が少なくない。

したがって、ロジスティック式を単純に適用できるのは、ほとんど大きさに差のない形で増殖し、始終増えている細菌や、世代が完全に重なって、繁殖期がはっきりしないヒトのようなものに限られるともいわれる。しかし、実際には様々な生物の個体群研究において、ロジスティック式は個体数変化の基本的モデルとして利用され、多くの成果が得られている。

歴史

この式を最初に発表したのはピエール=フランソワ・フェルフルストである。彼は1838年に始まる数本の論文で人口増加について論じた中で、それを表す式としてこれを提案した。当時はこの価値を認めるものはほとんどなく、彼の死亡時の告知にも、彼の業績として取り上げられなかった。

その後1910年代から生物の個体群成長に関する実験などが行われる中で、この式は独自にあちこちで使われ始めたが、フェルフルストの名が挙がることはなかった。1920年、パールらがアメリカ合衆国の人口増加について論じ、ショウジョウバエの実験個体群の成長を研究したとき、やはりこの式を使い、翌年にこれがすでに90年近く前にフェルフルストによって発見されたことを認めた。これによって、やっと彼の名がこの式に結びついた。

上記のように、一般の生物に当てはめるには難しい点もあるが、これ以降、実験室や野外での生物の個体数変動を扱う基礎モデルとして、この式は広く認められるようになった。

また、ロジスティック式におけるr はその種が実現できる最大の相対増加率であり、これが大きい方が素早く増殖できる可能性がある。また、K はその環境下で生存できる個体数上限を示す。島嶼生物学の分野で、マッカーサーとウィルソンはにおける生物個体群の定着と絶滅を論じ、定着の成功には大きなr を持つことが重要であり、絶滅の回避には大きなK を持つことが重要であるとし、それぞれをr淘汰K淘汰と呼んだ。これがr-K戦略説、ひいては生活史戦略論の始まりとなった。

また、ロジスティック式を差分方程式にすると、K の値の取り方次第で、個体数はNK に安定する場合もあるが、K の上下2つの値の間を行き来したり、あるいは4つの値の間を行き来する場合もある。内田俊郎らによる実験室内での昆虫個体群の研究によると、この現象には実例があり、その原因は個体数の増加が増加率に影響する時間差である。なお、ロバート・メイはこの式をさらに追求して、非周期的にあらゆる値をとる場合にまでいたるさまざまな形が出現することをコンピュータ・シミュレーションによって示し、これに対してカオス的 (chaotic) という言葉を当てたのがカオス理論の始まりの一つである。

二重ロジスティック関数

定義は以下の通り。ガウス関数を変形した物である。

<math> y = \mbox{sgn}(x-d) \, \left[1-\exp\left\{-\left(\frac{x-d}{s}\right)^2\right\}\right]</math>

脚注

テンプレート:Reflist

参考文献

  • 山口昌哉、『カオスとフラクタル』、(1986)、講談社(ブルーバックス)、ISBN4-06-132652-X(0)
  • 内田俊郎、『動物の人口論』,(1972),NHKブックス(日本放送出版協会)

関連項目

  • 彼が兵站学(ロジスティクス)教官であったためロジスティックと命名したといわれる
  • テンプレート:Cite