天ぬき
天ぬき・天抜き(てんぬき)は、天ぷらを載せたかけそば(天ぷら蕎麦)から蕎麦を抜いたもの。東京の蕎麦屋でも使われる江戸っ子言葉の一種。単に「ぬき」とも言う[1]。
天抜きが注文される背景としては、たとえば蕎麦屋で酒(日本酒など)のつまみに天ぷら蕎麦を頼むと、飲んでいるうちに蕎麦がのびてしまうため打ち立ての旨さを味わえないという具体的な理由に加え、「酒を飲んでいる時には腹にたまるものは食べたくない」という酒飲み独特の美学的要素が考えられる。天ぬきを頼む事を「通家」の象徴とする見方もある。また「鴨抜き(鴨南蛮の蕎麦抜き)」、「台抜き」などもある。
しかし、汁ものを酒のつまみとする習慣は日本各地にみられるもので、たまたまそれが蕎麦屋で行われているため「汁とそばを分離する」という点にことさら注目が集まるだけのことである。ただ、酒のみがのんびりと汁をすすりながら燗酒を飲り(天ぬきに冷酒は野暮であるという)、最後に蕎麦を三口、四口でたぐって帰るという様子は、趣味人の間では風情のあるものとされている。
天ぷら屋と蕎麦屋
蕎麦屋と天ぷら屋では天ぷら用の粉に違うものが用いられることがある。天ぷら屋では素材の食感を表現するため薄力粉で衣をつくり、蕎麦屋ではつゆの染みがいいように強力粉でつくるという考え方がある。ただし、それは蕎麦屋が天ぷらを「莫」で供している場合のことであり、高級店ではその限りではない。
揚げ方も異なるともされ、蕎麦屋では汁を吸ってうまくなるように工夫して、汁を十分に吸ったものが燗酒に合うともされる[2]。
天抜き十年
俗に同じ蕎麦屋に10年は通って主人と顔なじみにならないと『蕎麦を抜いて』とは言い難い為に出来た言葉とされり。天ぬきを頼んでやっとその店の常連である、というのはいかにも通ぶった感があるが、蕎麦喰いにつきまとうスノッブさを誇張した表現としては適切である。
たぬき
天ぬきと同様に、天ぷらそばの天ぷらから種を抜いたものを「たぬき(つまり種ぬきが転じて[3]」)といい、また同様にそれらのたぬき(揚げ玉)を入れたかけそばを「たぬきそば」と言う。
天吸い
酒を飲みながらの天ぬき食文化は江戸に近い関東地方だけではなく[4]、他の地方にも伝わった。関西方言では、これを「天ぷらの吸い物」という意味から「天吸い(てんすい)」と呼ぶ事がある。また、「すは(素は)鎌倉」の語呂から「かまくら」と呼ばれることもある。
脚注
- ↑ (社)日本麺類業団体連合会/全国麺類生活衛生同業組合連合会
- ↑ 古川修『蕎麦屋酒 ああ、「江戸前」の幸せ』光文社, 2004年, p.21
- ↑ 財団法人「製粉振興会」
- ↑ 参考 : 蕎麦屋文化