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山川藩(やまかわはん)は、下野国足利郡山川(現在の栃木県足利市山川町)に存在した藩。
藩史
太田重正の次男・資宗は、徳川家光に仕えて5600石の大身旗本となった。さらに松平信綱や阿部重次、三浦正次、阿部忠秋、堀田正盛と並んで家光側近六人衆の一人にまで栄進したため、寛永12年(1635年)、下野国山川に1万石の加増を受けて1万5600石の大名として諸侯に列した。しかし3年後の寛永15年(1638年)、資宗は三河国西尾藩に移封となったため、山川藩は廃藩となったのである。
歴代藩主
太田(おおた)家
1万5600石。譜代。
- 太田資宗(すけむね)