「秋元富朝」の版間の差分
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(相違点なし)
|
2013年11月1日 (金) 23:40時点における最新版
秋元 富朝(あきもと とみとも)は、江戸時代前期の大名。甲斐谷村藩の第2代藩主。館林藩秋元家3代。
生涯
総社に生まれる。寛永11年12月30日(1635年2月17日)、越中守に叙任される。寛永19年12月14日(1643年2月2日)、父秋元泰朝の死去により家督を継ぐ。富朝は富士山の雪代の出水によって流出する田畑を守るため、赤松数万本を植林した(諏訪森)。これは現在も国有林として伝えられており、富朝の唯一の遺業とも言われている。